優子の苦笑
優子は複雑な思いでいた。
順当に勝ち上がれば勝ち上がるほど憂鬱になった。
それは、コトブキの強さを目の当たりにする工程に過ぎなかったからだ。
殆どの相手がコトブキの速度の前に屈した。
僅かな残りは槍で貫かれた。
規格外。その一言に尽きる。コトブキは既に人間を超越しているのだ。
彼と共通の幼馴染である徹もそうだ。
人類種最強の勇者のカード。殺気を察しとる勘の良さ。絶対に折れない刀に独学で磨いた剣術。
彼も順調にこのトーナメントを勝ち上がっている。
一方、自分はどうだろう。
コトブキの後ろで突っ立っているだけだった。
自分達と同じ景色を見られない。力也と修也をコトブキはそう評した。
果たして、自分は幼馴染二人と同じ景色を見られているのだろうか。
三人で並んで立っていても、二人の見ているものは自分には見えない。そんな確信がある。
自分で言うのもなんだが、優子はヒーラーとしてはプロ並みだ。回復速度も回復力も高いスキル使いだ。
余った経験値を速度や力に振っているせいで体術もそれなりにこなす。
しかし、プロの世界に出ればそこらにいる並のヒーラーだ。
二人のように、プロと比較しても突出しているわけではない。
それが四天王撃破や色々な難関ダンジョンをクリアしてきたのは、運と、二人の幼馴染あってだ。
コトブキの彼女である立場に甘えている。
その現実を、あらためて突きつけられる結果となった。
ヒーラーなんて自分でなくても良いのだ。
自分である必要が無いのだ。
コトブキ、徹、歌世は代えが効かないだろう。
けど、自分は代えが効くパーツだ。
周囲からそう言われていることは重々承知していた。
優子がコトブキの彼女であるという事実は羨望から嫉妬に変わりつつあった。
けど、あらためて現実を突きつけられると、少しへこむ。
「コトブキチーム、決勝トーナメント進出!」
アナウンスがされて、我に返る。
呆然とした。
戦闘中にぼんやりと考え事をしていた。
ありえないことだ。
すっかり、コトブキの強さに甘えている。
この先、コトブキは世界から必要とされる人材となるだろう。
その伴侶が、自分で本当にいいのだろうか。
優子は憂鬱な思いを感じながら、決勝トーナメントの舞台へと移動した。
コトブキが何か喋っているのを、半ば機械的に応じる。
表向きはいつもの明るい優子。しかし本当は悩める優子。
コトブキは気づかないだろう。
コトブキが昔のように一般人だったらこんなことはなかっただろうに。
決勝トーナメントの舞台は中央体育館。
いつも弁当を食べている大樹の傍にある建物だ。
探索者には武術も必要で、その影響でこの専門学校には体育館がいくつもある。
出入り口では、徹と恵が待ち構えていた。
「やはり来たな、コトブキ」
徹が微笑んで言う。
「ああ、来た。象のホルダーだの召喚術師のホルダーだの難敵揃いだったよ」
その大半を秒で屠った男が何を、と思う。
「俺達は特に苦戦もなかったな。会長の件は知っているか?」
「ああ、知ってる。一回戦負けだってな」
「相手は一年坊だそうだ」
「徹の再来だな」
「ま、そういうことだな。世代は変わる。なあ、コトブキ。俺達は真剣に喧嘩したことがない。この際完全に白黒つけてみようか」
徹がそう言って悪戯っぽく笑う。
「その前に準決勝の相手だろ。誰になるかわかんないんだから」
コトブキは苦笑する。
「お前と優子のコンビが負けるわけねーだろ。優子のヒールの回復力とサンクチュアリの強度は規格外なんだから」
「本当に、そう思って言ってる?」
優子の言葉に、徹は一瞬表情を硬直させた。
それを、優子は見逃さなかった。
「もちろんさ。コトブキ、優子とちょっと話していいか?」
「いいよ。俺は独占欲が薄い彼氏なのを売りにしてるからな」
「束縛されたい必要とされたい系彼女には受けないなあ」
「優子は自由にのびのびとしてるのがいい。いってらっしゃい」
徹に先導されて、大樹の前に出る。
徹は振り返らずに、言った。
「自信、なくしたか」
優子は絶句して、右手を胸の位置に持ち上げた。
「……お見通しか」
「僧侶のホルダーのなにが悪い。お前が必要なのは事実だし、俺が生きてるのもお前のヒールがあるからなんだぜ」
「けど……コトブキは強すぎるよ」
「強いから、なんだよ」
「ホルダー競技をすれば歴史に名が残るだろうし、探索者になれば歴史に名を残す。そんな人間の隣を歩く自信はないよ」
「コトブキのメンタルはどうする」
「メンタル?」
優子は目を丸くする。
「お前が隣にいてくれるからコトブキは強くあれるんだぜ」
「そんなこと……きっと代えが効く範疇だよ」
「本当にそう思ってるのか?」
黙り込む。
自分を失えばコトブキは悲しむだろう。性格をも歪ませるかもしれない。
それほど、コトブキの自分への依存は強い。
そうと知っていて傍にいる。
(私、性格が悪い人みたいだ)
「今、自分性格悪いかもって思ったか?」
徹が真面目な表情で言う。
「お前といられて、コトブキは幸せなんだぜ」
優子は、考えた。
考えに考えて、苦笑した。
「知ってる」
「なら、いい。自分を見失うなよ。俺が言いたいのはそれだけだ。お前がぼーっとしててコトブキの足を引っ張ったら困るからな」
冗談っぽく言って、徹は優子の背を叩くと、歩き始めた。
優子は顔に張り付いた苦笑が解けぬまま、その後に続いた。
続く




