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もう同じ景色は見えない

 僕と優子は体育館の壇上にあるトーナメント表を見てみた。

 確かに、会長の名前にバツが書かれている。

 相手の名前は夏目隼太。

 聞いたこともない名前だ。


 一方、徹と恵のコンビは順当に勝ち続けていることに僕は安堵の息をついた。


「徹、勝ち抜いてるな」


 声を弾ませて言う。


「当然だよ。勇者なんだもん」


 優子は誇らしげに言う。


「その勇者を俺達から引き抜いたせいで会長は負けた」


 後ろから苛立たしげな声が聞こえて僕らは振り向いた。

 力也と修也、生徒会長の部のメンバーがそこにはいた。


「徹がついていれば会長が遅れを取ることなんてなかったはずなんだ」


 僕は怯みつつも、勇気を振り絞る。


「徹がうちの部に入ったのは自分の意志でだ」


「コトブキを追い出そうとしてた癖にその幼馴染の徹に未練たらたらなんて男らしくないよ!」


 優子も加勢する。

 僕らはしばし、対峙して視線をぶつけて火花を散らした。


「まあ、次の相手は俺達だ。コトブキ。お前は確かに強い。けど、対策は充分練ってきたし修練もつけた。あの時の俺達とは違うことを教えてやろうじゃないか」


「そうだ。あの時は遠かったお前の背中。今なら見える気がする」


「無理だね」


 その言葉は、僕の口から勝手に出てきたものだった。


「立場も変わった。強さも変わった。どうしてあの頃君達が僕にあんなに強気に出られたのか、今はわかる」


「なにが言いたい!」


 修也が苛立たしげに言って距離を詰めてこようとするのを、力也が片手で制する。

 その力也の目を、僕は悲しい思いで見ていた。


「もう、君達と同じ景色は、見れない」


「聖獣の速度対策はしっかりしてきた。互いにどれだけ充実した時間を過ごしてきたか測ろうじゃないか」


「そうだな。次の試合は僕達と君達。直接対決でケリをつけよう」


「負けて優子の胸で泣けよ」


 そう吐き捨てると、修也は背を向けて去っていった。

 力也は、悲しげにこちらを見ている。


「確かにお前は変わったよ、コトブキ。一年前の弱気で陰キャだったお前が嘘のようだ」


 今でも弱気で陰キャなんだけどなあと心の中だけで思う。


「けど、俺達にもプライドというものがある。脱退者のお前には鉄槌を下す」


 そう言うと、力也は修也の後をついていった。


「勝手だなあ。あれだけコトブキを追い出そうとしていた癖に」


 優子が苛立たしげに言う。


「仕方ないよ」


 僕は苦笑する。


「前のカードでの僕はと言えば、怯えてばかりだった。馬鹿にされて当然だった」


「自分でそういうこと、言う?」


「今は違うからさ。僕には強さと、それを行使する責任がある。ま、これで勝っちゃったりしたら副会長のヒステリーが凄いことになっちゃいそうだけど」


 今からヒス声で怒鳴られるのを想像して気が重くなる。


「副会長はしぶとい人だからねえ……」


 同じ想像をしたらしく、優子の表情も少し曇った。

 この大会、他ブロックの試合を見に行くことはできない。

 上位層は手探りで相手のスキルなどを見極めていく技量も必要とされるのだ。


 だから、幻想種のホルダーである会長が一回戦負けなんて状態になったのはあまり想像がつかない。


「自業自得だよ。コトブキを切ったツケが今回ってきてるんだ。ざまあみろ、なんてね」


 優子は苦笑交じりにそう言った。


「そうだな、ざまあみろ、だ」


 僕は中空に視線を向けてうわの空で言った。

 最初はパーティー最弱のカメレオンだった。師匠と会って、カードを授かり、訓練を受けた。徹とすれ違い、その後和解した。先輩と出会い、バンチョーと出会い、緑や笹丸と出会った。

 その度、僕は変わった。強くなった。


 昔は見えなかった力也達が見る景色。その先に、僕はいる。

 そんなことを考えていると、ついつい感慨深くなってしまったのだ


「色々あったなあ、この一年。力也達と差がついてしまうぐらいには」


「そうだね。色んな場所で、色んな人と、色々な相手と戦った。全ては無駄じゃない。全ては私達の血肉になっている」


 アナウンスが鳴った。


「二回戦第三試合。力也チームとコトブキチーム、体育館の中央に集まりなさい」


「さて、行くか」


「うん、行こう」


 ユニコーンのカードを起動する。

 体に白く淡い体毛が生え、角が現れる。


 優子は僧侶のローブに身を包み、杖を片手に持った。

 そして、僕達は体育館の中央で対峙した。


「後悔させてやる」


 修也が鼻息荒く言う。


「もう一度言う。君達と同じ景色は、僕も、徹も、優子も、もう見られない。その間にあるのは、プロとアマの壁だ」


「はっ。こいつ、自分をプロだってよ。調子に乗ってやがる」


 挑発を繰り返す修也と違い、力也は黙ってこちらを見ている。


「それでは、距離を置いて。武具の召喚は一回消して」


 教師がマイクで取り仕切る。


「二回戦第三試合、始め!」


 ゴングが鳴った。

 僕は一足飛びで十五メートルの距離を無にした。

 そして、力也の顎にパンチする。


 力也は冷静にそれを交わした。


「避けた、だと?」


 修練を繰り返したと言っただろ?

 その目は、無言でそう語っている。


 槍を召喚し、修也の後頭部を狙う。

 修也は反応しきれなかったものの、耐えてみせた。


「なるほどね」


 僕は一旦距離を置く。


「確かに、君達の修練を甘く見ていたかもしれない」


「コトブキ。本当に俺達はお前達と同じ景色を見られないのだろうか」


 力也が、躊躇いがちに言う。


「以前は徹と会長が前にいた。今はそれより前にお前がいる。お前が見ている景色はどんなものだ?」


 僕は槍を構え、暫し考え、答える。


「自分より弱い者を守る、壁の景色だ」


「そうか」


 力也は眼を閉じると、右手に魔力を集中し始めた。

 蠢く赤い霊気。

 それが、弓の形を成した。


 矢が装填され、その端を持って力也は弦を引く。


「これでもまだ、俺達を弱いと言えるか?」


(驚いたな。これはナンバースクラスだ)


 僕はけれども戸惑わない。


「――アクセル」


 唱えた瞬間、足が軽くなる。

 僕は一瞬で距離を詰めると、弦を引く力也の腕を断っていた。

 引く力が失われ、矢が天井に向かって暴発する。


 そして、僕は力也の顎を殴った。

 人間には鍛えようのない場所というのも存在する。

 顎もその一つだ。


 殴れば脳が揺れ、一時的に行動不能になる。


「僕のアクセルは四段階。今のは一番遅いモードだ」


 そう言って、膝をついた力也の首筋に槍を突きつける。


「くそお!」


 修也が血迷って優子に向かって走り出した。


「一投閃華――」


 唱えつつ、槍を投じるモーションを取る。


「金剛突!」


 光が迸った。

 それは一瞬で修也の足を膝ごと破壊していた。


 修也は走れなくなったこと、自分の速度の理解を遥かに超えた一撃が来たことを信じられないとばかりに、しばらく走ろうと悪戦苦闘していたが、そのうち地面を叩いた。


「なんでお前が俺達の上なんだよ! 生意気なんだよ! 徹がいなけりゃあそこらの雑草だった癖に!」


「僕は今でも雑草さ」


 僕は胸が締め付けられるのを感じながら言う。

 この実力差。

 戦意喪失するには十分だろう。


「ただ、雑草も育てりゃ駆除に苦労するんだぞ」


「畜生!」


 修也はもう一度体育館を叩く。


「同じ景色は見られない、か」


 力也が腕から血を流しながら言う。


「俺達の、負けだ。これからはお前の時代だな、コトブキ」


 そう言って、力也は片手を僕に差し出した。

 僕はどういう表情をすれば良いかわからず、苦笑いしつつ握手をしたのだった。


「ただ、自分を壁と思うな。俺達でも、お前の補助ぐらいにはなる」


「ああ。困った時はその言葉を思い出すよ」


 そうして、僕らの因縁対決は終わった。

 僕の圧勝という結果で。

 これから激化するアークスとの戦いに投入される僕らと、MTの規律内でしか修練できない二人。

 もう、同じ景色を見ることはないだろう。多分。



続く


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