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圧倒

「今日はこんなものにしておくか」


 そう師匠は言う。

 夜の公園だ。

 僕と徹は地面に倒れ込んでいた。


 バテたなんてものではない。

 体力切れギリギリだ。


「ヒール」


 師匠が唱えると、疲労と痛みが徐々に抜けていく。

 そして、僕らはよろよろとベンチまで進んで座り込んだ。


「明日は試合もあるしね。今日はちょっと早いがお開きだ」


「歌世先生、俺達ちょっとぐらい疲れてたって余裕で勝てますよ」


「今ばっかりは徹の意見に賛成」


 便乗して言う。


「そう舐めてばかりはいられないんだなあ。今年は一年にも逸材がいるからね」


「一年の逸材?」


 僕は戸惑った。

 そんな噂聞いたこともない。


「まあ、後は結果を御覧じろと言った感じだ」


「気になるなあ」


 徹が苦笑交じりに言う。

 その横顔は本当に爽やかだ。

 イケメンというのは表情を少し作るだけで美術品みたいになるのがずるいと庶民顔の僕は思う。


 その時、スマホが鳴った。

 優子からの着信だ。


「出てやりなよ」


 師匠が察したように言う。


「もしもし」


 着信ボタンを押してスマホを耳に当てると、何処かか弱げな優子の声が聞こえてきた。


「もしもし、コトブキ? 今、いい?」


「いいけどなに? 深刻な話?」


「うーん、そうでもないんだけど……」


 少しの間があった。

 永遠にも思える数秒間。

 別れようなんて言われたらどうしようと僕は思う。


「私でよかったのかなって」


 優子は、呟くように言った。

 なんだ、そんなことか。

 僕は胸をなでおろした。


「優子の支援は心強いよ」


「けど、徹は勇者でコトブキは聖獣よ? それに比べて私は凡百の僧侶。並び立つのが本当に私でいいのかな、今から徹と交代してもらうべきなんじゃないかなとかさあ」


 そこで、優子は言葉を区切った。

 すっと息を吸い、そして重い言葉を吐き出す。


「私、コトブキの彼女ってポジションに甘えてないかな」


 考えてもいなかった台詞に僕は仰天した。

 陽キャグループとも交流のある優子が陰キャな僕にそんな感情を抱くとは。


「全然。優子がいるから僕は強くあれる。あのキメラに襲われかけた日だってそうだ。優子がいなかったら僕は立ち続ける勇気すら起きなかったと思う、その」


 今度はこっちが息を吸う番だった。


「優子が、好きだからさ」


「コトブキ……」


 その時、僕はふと気がついた。

 優子が何を言うのかが不安で一杯で徹と師匠の存在を失念していた。

 二人はニヤニヤしながらこちらを見ている。


「ともかく、明日は頑張ろう。今、師匠と徹と一緒だから一旦切るね」


「うん、わかった。自衛ぐらいはできるぐらいに頑張るよ」


 そう言って、優子は通話を切った。


「お熱いじゃん」


 徹がニヤケ面で言う。


「青春やってんねえ」


 師匠は過去を振り返るように苦笑する。


「ともかく、明日は師匠の顔に泥を塗らないよう頑張ります」


「ああ、お前は特に頑張れ」


 徹が言う。


「まだ学内にはお前の実力を半信半疑で見ている奴がいる。そいつらに現実を突きつけてやるんだ」


 そう言って、徹は拳で僕の胸の中央を押した。


「お前は、スペシャルだって」


「徹……」


「主人公って奴がいるなら、お前が正にそうだよ。強く、優しく、憎むべき敵にすら手を差し伸べる。勇者はお前だ」


 徹がそんなことを考えているなんて思いもしなかった。

 僕は滑稽になって笑ってしまった。

 徹は戸惑うような表情になる。


「なんだよ、急に笑って」


「僕こそ、徹が主人公だと思ってた。カッコよくて、器用で、なんでもできて。頼りになる僕の兄貴分だ」


「幼馴染だろ。ちょっとぐらい頼る日もあるさ。それに、お前には嫉妬で悪いこともした。そんな人間が主人公なわけないんだ」


 僕は目頭が熱くなった。


「お前と優子が幼馴染で僕は本当に良かったと思ってるよ」


「こっちの台詞だ、兄弟。明日はどっちが優勝するかわからないが、フェアにいこうぜ」


 徹が握りこぶしを突き出す。僕はそれに自分の拳を軽くぶつけた。


「青春の後ろ姿、か」


 師匠はそう言って月夜に視線を向けると、地面に置いていた缶コーヒーの中身を小さく飲んだ。




+++




 凄い人がいる、というのは聞いていた。

 だから、一年で出場するのは無謀だと何度も言われた。

 それでも自分の実力を試したいと思わずにはいられなかった。


 夏休み目前の一大イベント。

 学内ペア対抗トーナメント戦。


 そこには勇者のホルダー、ユニコーンのホルダー、ケンタウロスのホルダーら強者が続々出場するという。

 それぞれ対策は練ってきたが、まさか一番最初に当たるのがユニコーンのホルダーとは。


「終わったな」


 付き合いで参加した友人がいる。


「勝てば大金星だ」


「お前のポジティブシンキングには敵わんよ」


 そう言って友人は肩を竦める。

 そして、四人は体育館の中央に立った。

 暗幕がされて、照明が周囲を照らしている。


「では、フェアな戦いを心がけるように。相手を死亡させた場合は学外追放もありうるからそれは肝に命じておけよ」


「了解です」


「わかりました」


 両ペアの代表が了承する。


「では、ゴングと同時に試合開始」


 そう言って教師は手を上げながら後方へと退いていく。

 相手が槍を召喚している間に全力の力で削り取る。

 そう思っていたのは覚えている。


 気がつくと顎を殴られて宙高く飛んでいた。

 目眩がする。

 アッパーをされた? いつの間にそんな近い距離まで接近された?


「五月雨・改!」


 勇ましい声と同時に空中に光の槍が幾重にも現れ落下してくる。

 それはアッパーを受けて倒れた四肢を地面に縫い付けた。


 そして、ユニコーンのホルダー……確かコトブキと言ったか、は、ゆったりと近付いてきてこちらの首筋に槍の先端を突きつけた。


「まだ抗うか」


「降参、こーうさん」


 友人が慌てて言う。

 しんと会場が静まっていた。

 僕は揺れる視界の中で滑稽なものを見た。

 このユニコーンのホルダー、怯えている。ドン引きされたんじゃないかと思っている。

 そんなわけはないのだ。

 お前はヒーローだ。


 その証拠に、熱狂的な喝采が巻き起こった。

 ユニコーンのホルダーは胸をなでおろし、後ろを向いて帰っていった。


 あれが、極めた者の強さ。

 自分はまだまだ強くなれる。そう思えた。


「それだけでも、意義はあったよな」


 無謀な出場に無理矢理にでも肯定的な意見をこじつけて、納得した。

 その時、会場にざわめきが走った。


「生徒会長が一回戦負け?」


「マジかよ?」


 聞き拾った声に確信した。

 ”アイツ”がやったのだ、と。




続く

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