逆転、からの逆転
「ふふ、私が生きて帰れるかどうかですか……」
小高い丘の上で男は平静を取り戻し、歌うように言う。
「私の意見は変わらない。どうせ貴方はここで死ぬ」
その時、対峙する番長の翼が小さく切れた。
番長が回避行動を取らなければ腕ごと持って行かれていただろう。
「見えない刃? なんじゃ? なにが起きて黄金の闘気を貫通した?」
番長は困惑して問う。
「空間の断裂」
男は指を口元に当てて囁くように言う。
「ここは私のパレット。なんでも思い道理になる。空間に歪みを作ればあら不思議。なんでも切るカッターの出来上がりだ」
番長の顔に焦りが滲む。そして、番長は慌てて飛び始めた。
「私の意見は変わらない。もう一度言いましょう。貴方はどうせここで死ぬ」
(単身での独自行動。油断しとったのは俺じゃってことか)
番長は男の周りを旋回する。
そのうち流れる空気が渦を巻いて竜巻を作った。
「サイクロン!」
番長は叫ぶように言う。
しかし、男は無傷だった。
「空間の歪み、それは鉄壁の盾にもなる。貴方の攻撃は全て私に届く前に空間の歪みで無効化される」
ならば、相手が感知する前に不意の一撃を叩き込むしかない。
勝算は、正直低い。
けど、やらねばならなかった。
(ここにコトブキがいればまた善戦できたのかのう)
番長は思わず弱気になっていた。
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蹴鞠はついに地面に着地した。
背後からはトロルの大軍が追いついてくる。
高々と振り上げられる逞しい腕に握られた棍棒。
小型恐竜のホルダーである蹴鞠などたまったものではないだろう。
(コトブキ君……助けて……)
蹴鞠は祈るように思った。
+++
「五月雨、改!」
細長い道が続くダンジョンだ。
五月雨系統の技は全て通路の範囲内の敵を的確に貫通した。
これを避けるには道を広くするしかないだろう。
「いやあ、下層つっても大したことねえな」
笹丸が手持ち無沙汰に言う。
「俺の気配遮断スキルもいらなそうだな」
忍者のホルダーである緑が楽しげに言う。
「コトブキがいるからだよ。本来ならこんな敵の連続だと熟練の前衛五人は必要だよ」
優子が呆れたように言う。
不良二人組はふと気づいたような表情になった。
「そういや戦闘が一瞬で終わるから感覚麻痺してたけど、結構な強敵揃いだっった気もするな」
「ユニコーンのホルダーか。伊達じゃねえな」
「僕を褒める方に持ってかなくていいから……」
主人公的発言をしておきながらなんだが、気が引けてしまう。
根が脇役根性なのだろう。
長年染み付いたそれは中々抜けはしない。
「なに卑屈になってんだ。ユニコーンのホルダーは俺達の生命線だぜ」
「番長達は大丈夫かなあ」
緑が放った一言で、静寂が場に訪れる。
「そういえば、蹴鞠先輩も単独行動だったね。ねえ、コトブキ。なんとかできない?」
「と言っても異界だからなあ。電話も届かないし」
その時、僕は電波のようなものを探知した。
そっと、耳を傾けてみる。
「ここにコトブキがいればまだ善戦できたのかの」
番長の声だ。
「コトブキ君、助けて……」
先輩の声だ。
番長と先輩が僕を呼んでいる。
しかし、ここから助けに行くことはできない。
僕は便利にワープなんてできないし、何処で襲われているかもわからないからだ。
わからない。
本当にそうか?
僕は槍を地面に突き刺すと、目を閉じた。
そして、一心に二人の言葉に耳を済ます。
研ぎ澄まされた感覚が、二人の位置を見事に探り当てていた。
しかし、遠い。
別の異界だ。
なら、強行突破すればいい。
「ユニコーンのカードは、聖獣と言うだけあって数少ない次元を超えるカードだ」
師匠がそう言ったことがある。
その時は意味がわからなかった。
けど、今ならば、それがわかる。
「お前に次元を超える力があると言うのなら、今こそ力を貸してくれ。ユニコーン!」
その時、槍の切っ先から光が渦を巻いて現れた。
ワープゲートだ。
そして周囲の景色が歪み、一同は小高い丘の上に辿り着いていた。
トロルの大軍が先輩に棍棒を振り下ろそうとしている。
僕は一瞬で跳躍すると、地面に五月雨・改で槍の雨を降らせた。
「コトブキ君!」
先輩が涙混じりに言う。
「コトブキ!」
男の周囲を旋回している番長が、安堵したような表情になる。
「お前の助力を待ってたところだ」
番長は空中で羽ばたきながら止まった。
そして誰だろう。
一見すると女性のような男は、僕を見て目を見開いていた。
「ユニコーンのホルダー? しかし、歌世ではない。何者だお前は!」
「気をつけろ、コトブキ! こいつは空間ごと削ってくる。防御スキル無効化のスキルを持っている!」
番長の声に、僕は表情を引き締める。
防御スキル? そんなもの最初からない。
ただ、避けるだけだ。
男は敵とわかった。ならば、倒すだけだ。
「琴谷一馬。僕が今のユニコーンのホルダーだ!」
そう高らかに言うと、トロルの大軍を沈静化させた僕は前方へと跳躍した。
一瞬で周囲の景色が後方へと飛んで行く。
男が察知して立ち位置を変えるがもう遅い。
僕は男の背後を取っている。
そこからの突進。
男は丘から落ちて、飛んでいってしまった。
「琴谷一馬……覚えたぞ!」
そう叫んで、男は落ちていく。
「帰ろう、皆」
そう言って、僕は再び地面に槍を突き立てた。
念じると、ワープゲートがその場に出現する。
「これがユニコーンのホルダー……」
先輩が呆れたように言う。
「圧倒的過ぎるの」
番長も少々呆れたようだ。
「誰も傷つけさせないと言った。異界を統合してワープゲートで現世と繋ぎます」
そう言って、僕は世界創生の神のように異界を混ざり合わせる作業に移った。
わかったことがある。
異界を暴走させた男がいる。
目的は不明だが、事件の影に人がいたのは確かだ。
彼らは、何かをしようと企んでいた。
それが何かは、今の僕にはまだわからなかった。
続く




