キス
「昨日は酷かったな……」
徹が屋上の外を眺めながらぼやく。
「探索科で訓練してる僕らできついんだから相当だよね」
僕も同調する。
師匠のヒールのおかげで傷も筋肉痛もない。
なければ今頃棺桶だ。
「ずるいよな、奇術師のホルダー。意表を突く攻撃ばっかりだ」
そう言って徹は金網を握る。
「カーテンのやつは吃驚したね」
徹が剣也に訓練で突進すると、突如現れたカーテンが剣也を四方から隠した。
徹が警戒しつつ近づくと、背後にもう一つカーテンが現れ、そこから現れた剣也が元からあるカーテンに突き飛ばした。
四方八方から剣がカーテンに突き刺さり、徹は一瞬で致命傷を負った。
「うーん。今日の訓練もあの人来るのかな。まあ強い人と戦えるのはいい経験になるんだけど」
「気配の消し方とか剣さばきも相当だったよね。あれが僕らの先人かあ」
「そう言えば、あの人なにしに来たんだろうなあ」
そこまで言われて僕もはたと気がついた。
あの人は来訪の理由を告げていない。
この地に立ち寄ると魔王のホルダーが妨害しに来ると言っていたが、そのリスクに見合う見返りはあったのだろうか。
「わかんないねえ」
「わかんないなあ。ま、歌世先生に今度聞いてみるか」
「そうだね。僕らはもう関係者だ」
「どうでもいいけど昼ごはん食べないの?」
後ろで菓子パンを食べている先輩が言う。
この人はいつも屋上で一人飯だ。
「食べに行くか。優子が待ってる」
「そうだね。先輩もご一緒しませんか?」
先輩は気まずげに目をそらす。
「いや、私は大勢苦手だから……」
「今は緑や笹丸も来てませんよ。先輩入れても五人です」
「私は三人以上になると気配が消えるたぐいの人間なんだよ。一人のほうが気楽さ」
投げやりにそう言うと、先輩は肩を竦めた。
「そんじゃ、行くかコトブキ」
「そうだね」
徹と一緒に歩く。
徹はもうファーストキスを済ませたという。
僕と優子はいつファーストキスを迎えるのだろうか。
考えるだけで顔が熱くなる。
「遅い」
校舎の中央の木の下で待っていた優子は、少しご機嫌斜めだった。
これはもうキスどころではないな、と、僕は必死に手繰り寄せようとしていた優子との未来予想図を一時脇においた。
続く




