師匠の師匠
「なあなあ、お前と優子ってどこまで進んでるの?」
「進んでるって言うと?」
夜の公園のベンチで僕と徹は会話をしていた。
今日から徹も夜の訓練に参加。教え役の師匠が集中力が尽きたということで休憩しているのだった。
「だから、キスとかしたのかって」
僕は頬が熱くなった。
「まだだよ」
「おっくれってるー」
徹はからかうように言う。
「なんだよ、徹はどうなんだよ」
「ふふーん」
徹は目を細める。
「俺は小鈴とキスしたぜ」
「えっ」
予想外の一言に僕は目を丸くした。
「ずるいぞ、幼馴染なのに僕を置いていくな」
「お前と優子も長いんだからさー。そろそろ次のステップに移ってもいいんじゃねーの?」
「うーん。けどキスってどうやってその流れに持ってくんだ?」
「俺は相手の目を見て、いい雰囲気になったら顔近づけてったよ」
「無理だ。僕は人の目を見るのが苦手だ」
優子は綺麗だ。その目をじっと見るなんて少し無理がある。
「けどさ、実際のところお前と優子ってどこまで考えてるの?」
「考えてるって言うと?」
「俺はもう相手の両親に会って公認得てるからなあ」
「そこまで進んでたのか」
意外だった。
夏休みも近い今日この頃。徹と遊ぶ機会は減るかもしれない。
「おーい。休憩はそろそろ終わり。しばらく二人で戦ってて。ヒールするぐらいの集中力は回復したから」
公民館の階段に座っている師匠が言う。
「はーい」
「行くぜ」
「厄介なんだよなあ、プロテクション」
「人間種最強の防御スキルだからな」
そう言って徹は潮風斬鉄を鞘から抜く。
「やっとるのう」
男の声が響いた。
師匠が慌てて立ち上がる。
「こんなところまで来られて。どうなされたんですか、五階道師匠」
「師匠?」
師匠の言葉に僕は戸惑った。
公園の入り口には、六十代ぐらいの背の低い初老の男性が立っている。
何処かで見たような顔な気がした。
「なに。お前が弟子を取ったと聞いてのう。見てみようと思ったまでよ」
「歌世師匠、この方は?」
「馬鹿、学校で習わなかったか」
師匠は慌てた様子で言い、小さくなる。
「人類に初めてカードホールドを持ち帰った男、五階道剣矢さんだ」
「え! この人が……」
そうだ、教科書で見たことがあるのだった。
「私の師匠で、初代ユニコーンのホルダーでもある」
「師匠の、師匠……」
歳の割にはかくしゃくとした人だとは思った。
「ユニコーンのカード、弟子に譲ったそうだの」
「はい」
珍しく直立不動になっている師匠を見て、僕は少し面白いものを見ているような気分になってきた。
「その弟子は、剣を持っている方と、持っていない方と、どちらだ」
「剣を持ってない方です。琴谷君といいます」
「そうか」
剣矢の視線が僕を射抜く。
「お前が見出した才能とやらを、確かめさせてもらおうとするかのう」
そう言うと、剣矢は刀を鞘から抜いた。
「手合わせ願おう」
困った。こんな年配の方が相手ではどうも戦い辛い。
困惑の視線を師匠に向ける。
「戦いなさい、コトブキ君。光栄なことだぞ」
「わかりました」
「後、徹君はよく見ておきなさい。私の師匠は柔術家だけど、剣の腕も折り紙付きだ」
「了解」
僕はユニコーンのカードをカードホールドに挿し込む。
体中に白い産毛が生え、頭に角が伸びた。
その一角に触れると、それは一本の槍となる。
「危ない!」
徹が言い、僕の横に立つ。
「プロテクション!」
黒い波動が僕を飲み込もうとしたが、プロテクションに阻まれて通過していった。
「今度はなんだ?」
「なんじゃ、出おったか」
一人の少女が、いつの間にか公園に立っていた。
その掌はこちらを向いている。
あの掌から黒い波動を放ったのだろう。
少女の目は闇の中で赤く輝いている。
「混沌種、魔王のホルダー」
剣矢の言葉に、僕は目を見開いた。
魔王のカード?
それは、あまりにも大きすぎる力だ。
「まったく、次から次へと……」
師匠はそう言うと、立ち上がって槍を構えた。
「それはわしの来訪が迷惑ということかの」
「滅相もない」
淡々とした会話の中にも、ピリピリとした張り詰めた雰囲気が混ざっていた。
まったく、なんて夜だ。
続く




