歌世の誤算
「そっか、緑君と笹丸君は退部したか」
いつもの夜の公園で言い出しづらかった話をすると、師匠は表情を曇らせてみせた。
「私のせいだな」
自嘲するように師匠は苦笑する。
僕は返事ができなかった。
師匠はそんなつもりはなかった。なんて言えないだろう、今の状況では。
師匠はがっつり今回はこちらを巻き込んだのだ。
「どうしていきなりナンバースの仕事を手伝えと? 最近の師匠は前の師匠とは方針がまるで違うじゃないですか」
「いやね、私もバンチョー君がアークスに入ったことは蹴鞠君から聞いていてね」
それは初耳だった。
「君達は良くも悪くも注目株だ。何度も何度もアークスや強敵を退けてみせた。それならいっそナンバースに所属したほうが安全に保護できるだろうかと思ったまでさ」
「僕達が、ナンバースに?」
それはアークスにも狙われるということだ。
優子を巻き込んでしまった。
そんな深い後悔が僕の心に沈んだ。
「……嫌かい?」
「師匠の考えだから信用したい。けど、優子に危険な任務に関わらせたくないという思いもあります」
「けど、今の君達パーティーならアークスにも対抗できる。そう思わないかい?」
「それは、師匠もついているからで……」
「今後も私が君達を守るさ、できる範囲でだけどね。便宜を図って貰ったりはできる」
「……師匠が、そう言うのなら」
信じるしかない。
「師匠はいつも僕に変化をくれる人ですね」
「そうかい?」
「聖獣のカードを得て、僕は変わった。緑や笹丸なんて以前は関わりたくなかったような連中とも友達になる勇気をくれた。そして今も」
「自信がついたってことか」
「そうですね。僕達パーティーで動くなら優子を守れる自信がある」
それは紛れもなく僕の本心だった。
「けど、存外師匠もポンコツですね。あれだけ成果を上げてたらナンバースにもアークスにもそれは注目されますよ」
師匠はきょとんとした表情になった後、勢い良く僕の背を叩いた。
「君も存外言うようになったな。確かに、私は君を変えたのかもしれん」
師匠の満面の笑みに、こちらまで嬉しくなって、僕も微笑んだ。
師匠は片手の缶コーヒーの中身を飲み干してゴミをくずかごに放り投げる。
「これからは一層激しい戦いが続くと思え。異界探索にバンバン乗り出すぞ」
「はい」
「後な、これは君には悪いんだけど」
「なんですか?」
「夜の訓練、徹君も受けたいと言い出した。正直私は剣は門外漢なんだが無下にもできんでな。教えられる時間は半分になるかもしれん」
僕は目を丸くして、それから微笑んだ。
「大歓迎ですよ。徹とも手合わせできれば僕の戦術の引き出しも増える」
「心の広い弟子で助かるよ。ナンバースへの参加については徹君も前向きに考えてくれている」
「ええ、そうでしょうとも」
ナンバースとして生きる。
新しい人生が僕を待ち受けているらしかった。
「しかし不思議だな」
師匠は僕をまじまじと見て言う。
「ユニコーンのカードにアクセルフォーの負荷。足が筋肉痛になる程度じゃすまなくなるかもしれないと思った。けど、君は痛み一つうったえない」
「師匠は筋肉痛になるんですか?」
「私にはリジェネとヒールがあるからね」
「なるほど」
自前で回復しているということか。
「君と会った時、ユニコーンのカードは明らかに君に惹かれていた。君には何か、特別な運命があるのかもしれない」
黄昏の聖女に言われていたことが脳裏に蘇る。
待っているのは過酷な運命。それでも僕は戦い続ける。
「運命……」
「君の頑強さは人間のそれじゃないかもしれない」
「そんな。僕は弱者男性で陰キャなそこらにいる学生ですよ」
「……君も戦闘の実力以外はもっと自信をつけないとな。優子君が可哀想だ」
師匠はそう言うと、僕から離れた。
「それじゃ、今日もやるか。手合わせだ。今日はアクセルフォーの開放を許可する」
「師匠、対応できるんですか?」
「こと戦闘に関しちゃ私もプロだぜ」
そう言って、師匠は唇の片端を持ち上げてニヒルに笑う。
僕も微笑んだ。
「わかりました」
ユニコーンのカードをカードホールドに挿し込む。
それから実戦形式の訓練が始まって、僕は骨は折られるし内臓は破損するしで散々な目にあい、師匠のヒールでなんとか死ぬことだけは免れたのだった。
「君も一応骨折とかはするんだな」
師匠のそんな感想がちょっと憎たらしかった。
続く




