表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/274

暴走する異界

「なんにもないなあ」


 荷台を押す笹丸がぼやくように言う。


「なんにもないな」


 緑がつまらなさげに返す。


「本当にモンスターなんか出たのかね」


「俺、目撃者がヤクやってたんじゃないかと思い始めた」


「あー、それかも」


「あんまり無茶言わない方が良いよ」


 優子が呆れたように窘める。

 しかし、徒労と思えるほどなにも出ない。

 僕も薄々、モンスターの出現が何かの勘違いだったのではないかと思い始めていたところだ。


 さっきから足跡などがないか注視しているが、あるのは靴の跡だけ。

 先輩と番長が戻ってこないのも探索が徒労に終わっている証なのかもしれない。


 どうしたものだろう。

 これならば既にある異界に乗り込んだ方が有意義だ。

 部長としての判断力が試される時だった。


 しかし、異界探索には根気が必要だ。

 今回が徒労に終わっても、根気良く調べたというのは良い経験になる。

 今日は経験値貯めと思って諦めるか。

 そう思って天を仰いだ時のことだった。


 木々の生い茂る森の景色が一変。

 生物の体内のような湿った肉壁の中に僕達は放り込まれていた。


 角に触れて、槍を取り出す。


「なんだ?」


 笹丸が焦るように言って、荷台から剣を取り出す。


「俺達、知らないうちにゲートを踏んだか?」


 緑も慌てて身構える。


「違うよ。ゲートを踏んだならまず前を歩いていたコトブキが消えるはずだもん。全員で同時にゲートを踏むなんてあり得ない」


「つまり、これは……」


「どういうことだ?」


 話をまとめようとした笹丸に緑が訊ねる。

 笹丸は重々しく返事した。


「わからん」


「わからんのかよ」


「異界が暴走状態にあるってことかもしれない」


 僕は持論を述べていた。

 一同、聞き入る。

 なんだか照れ臭い。


「異界は心象風景だと師匠は言っていた。なら、ワープゲートみたいな形を取らずに、人を飲み込み始めることもあるのかもしれない」


「つまり……後ろに帰りのワープゲートはないと」


 笹丸の言葉に、重い沈黙が訪れる。


「異界のボスを倒せばワープゲートは開く。けど、それはプロが根気良く進んで、一番最下層のボスを倒した時だけだ」


 三人は、淡々と真実を告げる僕の言葉を聞いて、真顔で考え込んだ。


「頼むぜ、ユニコーンのホルダー」


「お前が頼りだ」


 優子も、恐る恐る僕の顔を見る。

 主人公なら、徹ならこんな時どうするだろう。

 決まってる。


「任せろ。僕が異界をサクッと攻略してやる」


 一同安堵したように緊張を解く。


「そうだよな。ユニコーンのホルダーならこんなの朝飯前だよな」


「さっさと異界を閉じて帰ろうぜ」


 笹丸と緑は単純なものでもうその気になっている。


「罠とかには注意して進もうね。足元には気をつけて」


「よし、行こう」


 この時、急造の一年組は初めて心を一つにした。

 敵の敵は味方とは良く言った物だ。僕は感心してしまった。


 それにしても、先輩と番長は大丈夫だろうか。

 それだけが心配だった。



+++



「げっ」


 蹴鞠は思わず汚い言葉を使った。

 一瞬で周囲の景色が代わり、あの海辺の砂浜が目の前に現れたのだ。

 前には棍棒を持ったトロルの大軍。

 汚い言葉も出るというものである。


「フェザーファントム!」


 羽を発射し相手に対抗する。

 一体は倒せたが、残り十数体は倒せていない。


 地鳴りのような足音を立てて巨大なトロル達が追いかけてくる。

 蹴鞠は高々と飛んだ。


 そして、滑空する。

 両者の距離は少しづつ近づきつつある。


 これで着地したら、棍棒で滅多打ちにあって終わりか。

 どうしようもない人生だったなあ。

 蹴鞠は早くも、諦めつつあった。


 心残りは、父のことだ。


(ギャンブルさえしなければ良い父だった)


 自分が歯止めになっていることを自覚しているだけに、一人残された父がいかなる借金を作るか。

 やけに冷静に働く頭で、蹴鞠は死後のことを思った。



+++



「なんじゃ、これは」


 番長は気がつくと小高い丘の上にいた。

 目の前には男が一人。


「おや、また迷い込んだようですね。私のパレットに」


 歌うように男は言った。

 美形の優男だ。髪の毛が女性のように長い。


「見たところ、翼竜のホルダーか。レアカードですね」


「お前さん、何者だ? 俺と同じ迷子か?」


「そう見えますか?」


 少し笑って、男は言う。


「まあ、結論は良いでしょう。貴方はどうせここで死ぬ」


 そう言って構えを取ると、男の掌から白い霧が放たれ始めた。

 霧はたちまち番長を包む。


 それは、刃物だった。

 氷で作った刃の嵐だ。


「恐竜は氷河期に絶滅した。翼竜のカードを持つ貴方に相応しい最後でしょう」


 そう言って、男は一歩ずつ番長に近づく。

 その霧の中から、爪の生えた拳が出た。


「ドラゴン、クロー!」


 男は慌てて一歩後退する。


「何故だ。私の氷が効かないのか?」


 番長は霧の中から出てくる。体には傷一つない。その体は黄金の光を放っていた。


「龍の鱗っつースキルがあってのう。防御系のスキルじゃ。それを育てたら鋼の鱗というスキルに進化した。それをさらに進化させたのが……」


 番長はそう言って自分の拳を確かめる。

 鱗からは黄金の輝きが放たれている。


「黄金の闘気というスキルじゃ。このスキルは氷も炎も鋼も弾く」


 男は悔しげに口を紡ぐ。


「お前さん。自分がまだ生きて帰れると思っとるのかの」


 番長は低い低い声でそう言った。



続く

次回、主人公活躍

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ