変化
大吾との戦いが終え、その翌朝になった。
僕は優子と恵とともに朝の通学路を歩いていた。
結局、昨日はずっと大吾と小春のことを考えていた。
学校からも社会からもはじき出された大吾。
復讐者となる動機に同情してしまう気持ちがある。
そして、その中でわかったことがある。
「優子のいない僕だったんだと思うよ。大吾は」
何か喋っていた優子は、唐突に口を開いた僕にきょとんとした表情になる。
「僕も学校では嘲笑の的だった。けど、優子がいてくれた。対等に付き合ってくれたし、時には守ってすらくれた。優子のいない僕なんだ、大吾は」
「コトブキはあんなことしないよ」
優子は苦笑する。
「幸い友達は無事だったから、良かったけどね」
「うん」
優子はそう言って、伸びをする。
「生まれてきてくれてありがとう、優子。優子は僕に色々なものをくれた」
安心の時間。初恋。昼の弁当。全て優子に貰ったものだ。
「こちらこそだよ」
優子は鞄を持つ手を後ろに組んで、照れくさげに宙空に視線を向けた。
「コトブキのおかげで私は恋という感情を知った。私は今幸せだよ」
二人共黙り込む。
しかし、それは気まずいものではなく、どこかくすぐったいような、そんな沈黙だった。
「一応私もいること忘れないで下さいね」
恵がげんなりしたように言う。
「ごめんごめん」
優子が苦笑して、数歩前に踏み出す。
「ありがとう、コトブキ。コトブキは私の栄養だ」
「ありがとう、優子。優子は僕の道標だ」
僕は拳を突き出す。
優子はその先に自分の拳を重ねた。
「別にキスとかしてかまいませんよ」
恵の一言で二人共顔が真っ赤になる。
「しないよ!」
異口同音に放たれたその言葉は、朝の通学路に響き渡った。
昨日一晩悩んでいたのが嘘のようだ。
優子のおかげで、僕はくすぐったいような気持ちを抱えて通学路を歩いた。
+++
「お久しぶりですね」
車を降りたところで声をかけられ、遠藤幸子は戸惑いつつも声のした方向を見た。
そして、硬直した。
そこにいたのは、かつての同僚である大吾だったからだ。
手にはカードホールドを装着している。
「久しぶりね。元気だった?」
「それは貴女が良く知っているはずじゃないかな。僕を逆恨みして随分僕の職場での様子を言いふらしたそうじゃないですか」
幸子は黙り込む。
大吾が幸子の職場に就職したのは数ヶ月前のことだ。
近所の人々に評判を聞いてみると、女子を観察する癖のある変態とのことだった。
幸子はぞっとして、同僚達に注意喚起をした。
その結果、大吾は避けられるようになり、仕事を教わることもできず、いたたまれなくなったのか辞めていった。
上司に叱られたのは幸子だ。
新人イジメのレッテルを貼られ、それに苛立った幸子は近所に大吾の孤立を言いふらした覚えがある。
全ては、過去のことだ。
「俺は社会からもはじき出された。あんたのちょっとした好奇心と正義感で。学校ではじき出され、社会ではじき出され、そうなった人間がどうあれば良かったんでしょうね?」
昼下がりのティータイムでも楽しんでいるような、穏やかな口調で大吾は言う。
「話すことはないわ。帰ってちょうだい」
そう言って勢い良く車のドアを閉めると、幸子は大吾を睨みつけた。
特に、目に注意する。
相手は必ずこちらと目が合うはずだ。
そしてそれが、大吾が変態だという証明になるはずだ。
大吾は俯いて、手を前に差し出した。
その手に、光の剣が現れる。
「随分殺しました。もう後戻りはできない。学生はあらかた殺した。後は社会人時代の精算をするだけです」
大吾は顔を上げる。
幸子と眼と眼が合った。
幸子はその、深い憎悪を篭めた瞳に背筋が寒くなるのを感じた。
そして、心の芯からの恐怖と、何故自分はあんな残酷なことをしたのだろうという後悔が遅れてやってきた。
「警察呼ぶわよ」
声が震えている。
大吾はにこりと微笑んだ。
「いいでしょう。貴女の死体を見聞してもらえばいい」
次の瞬間、大吾の体は幸子の目前にあった。
腹部に激痛が走る。
殴られたのだと、胃液を吐きながら理解した。
膝を折り、地面に手をつく。
その手が、深々と光剣によって地面に縫い付けられた。
痛い。けど、言葉にならない。
唸り声のような悲鳴を上げて、辛うじてそれに耐える。
「はは、良い光景だ。やはり復讐してざまあみろって言うのは最高の気分ですね」
大吾が剣を抜く。
手から生暖かい物が流れ出してきた。
確信したことがある。
自分は、ここで死ぬ。
しかし、永遠に思えるような静寂が周囲を包んだ。
大吾は動かない。
顔を上げて観察してみると、大吾は剣を掴んだまま、戸惑うような表情で幸子を見下ろしている。
「どうしたんだ、大吾。やらないのか」
死神のような男が大吾の影から現れ、囁く。
「俺がやってやってもかまわんぞ」
「黙れ」
そう言うと、大吾は死神の心の臓に剣を突き立てた。
死神は血を吐いて、目を見開いて大吾を見た。
「これ以上、俺を利用しようとするな。俺の心は誰のものでもない」
そう言って剣を引き抜くと、死神は影の中に沈んでいった。
「気が変わった。どうもそういう気分じゃない」
焦るように大吾は言う。
まるで自分自身の心理が把握できずに困っているかのように。
「あんたは殺す。いつか絶対に、殺す。けど、まだだ。俺の気まぐれに感謝するんだな」
そう言うと、大吾はその場を去っていった。
幸子はスマートフォンを取り出して、警察の電話番号を入力し、通話ボタンを押そうとしたところで手を止めた。
自分は酷いことをしたのだ。
そんな実感が、今更ながらに湧いてきた。
大吾はこの先どうするのだろう。
学校からも社会からも爪弾きにあった結果、人を殺し、帰る家も失い、夜の町を放浪するしかない。
保護されるべきだ。
幸子は、通話ボタンを押そうと何度も試みたが、押せなかった。
罪悪感が、ボタンを押させてはくれなかった。
月明かりだけがそれを見ていた。
続く




