戸惑い
徹が大吾に襲い掛かった。
その刀は迷いなく大吾の脳天を狙っている。
激痛で集中できないのだろう。
大吾はプロテクションを再展開できずにいる。
「アクセルスリー!」
僕は唱えて、自身の速度を上昇させた。
そして、一足飛びで徹の前に回る。
振り下ろされた刀と僕の槍がぶつかりあった。
「駄目だ、徹。戦っちゃ駄目だ!」
「何故敵を庇う、コトブキ。こいつは大量殺人犯だぞ?」
徹は戸惑うように言って、数歩退く。
「こいつには事情があるんだ。こいつらも被害者なんだ!」
僕はさっき見た記憶が鮮明に脳裏に残っていた。
一年以上続く排他の記憶。
それは、僕を迷わせるには十分だった。
「大吾。話し合いで決着はつけれないだろうか。やってしまったことはもう取り返しがつかない。けど、償うことはできるはずだ!」
大吾を見る。
治癒の光が大吾を包んでいた。
小春のヒールだろう。
膝をついていた大吾は立ち上がると、光剣を振りかぶって僕に襲いかかってきた。
槍で受け止める。
「よくも見てくれたな、俺の記憶を!」
「大吾。僕もいじめられっ子だった。気持ちはわからなくもない!」
「俺をいじめられっ子と呼ぶな!」
剣と槍が幾重にもぶつかり合う。
氷の槍が空中に浮き上がり、僕に降り注いだ。
「プロテクション!」
徹の作った盾が氷から僕を守る。
「話し合おう! 僕達は絶対に分かり合える! 殺し合いなんてする必要ないんだ!」
「わかるものか! お前にとっては一瞬だが俺にとっては一年以上だ! その間俺と家族がどれだけ苦しんだか!」
「大吾!」
その時、僕は風を切る音を聞いた。
見ると、僕の背後から現れた大鎌が僕の首を跳ねようとしていた。
死神の動向をうっかり失念していた。
大鎌が僕の首を跳ねようとしたその瞬間。槍がそれを阻んだ。
僕の槍ではない。師匠の槍だ。
「コトブキ君」
師匠は言う。
「犯した罪は法によって裁かれなければならない。彼が何か事情があるなら法に頼れば良かった。それをしなかった時点で彼は間違っているのよ」
「けど、師匠……」
「それが法治国家よ」
「その割には歌世ちゃんはアークスのメンバーを結構殺してるよね」
そう言ったのは、いつの間にか金棒を死神に振り下ろしていたコースケだ。
コースケの一撃で、死神は小さく呻き声を上げて影に潜った。
「アークスは例外。捕まえるなんて気分で行ったらこっちが殺されちゃうわ」
そう言って、師匠は肩を竦めると、槍を回転させた。
回転が止まり、師匠は槍を構える。
「今回の敵も一緒。捕まえるだなんて生半可な気持ちじゃ殺されちゃうわ」
「けど、師匠!」
「なら、お前の力で無力化させてみせろ、コトブキ!」
徹が言う。
「そうね。それなら私も捕まえる方針に切り替えるわ」
「……わかった」
僕は俯いて暫し考えこんだが、前を向く。
「大吾。お前を無力化する。そして、警察に叩き出してやる」
「上等だ。お前を殺して俺は復讐を続ける。それが混沌種の勇者の使命だ」
僕と大吾の視線が交わった。
ピリピリと張り詰めた空気が周囲に漂い始める。
それを感じ取ったように、皆、動きを止めた。
嵐の前の静けさだった。
続く




