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始まる前から転んでる僕ら

「難問だ」


 番長が言う。


「番長で決まりでしょ。格ってものがあります」


 不良の一人が当たり前のように言い、もう一人が追随する。


「そうっすよ。番長程の人が部長じゃなかったのがおかしかった」


「だが生憎俺は教師の覚えが悪うてな。俺が部長をやってたら教師がいい顔せんだろうとは思うのよ。そんなわけで蹴鞠はどうだろうか」


「教師の覚えが悪いのは私も一緒。外見見りゃわかるじゃん」


 先輩がすねたように言う。

 金色の短髪に校則違反ギリギリまで短くしたスカート。

 不良少女のテンプレートのような外見だ。


「けど優子はただの僧侶のホルダーだし部長の格にはないっすよ、やっぱ番長しか」


「ちいと誰か忘れとらんか」


 番長が渋い顔で頬をかきながら言う。


「聖獣のホルダー。俺を足蹴にした唯一の男」


 不良二人が目を丸くする。先輩はなにを思ってかにんまりとした。


「琴谷。お前、部長やってみんか」


 急に話を振られて、傍観を決め込んでいた僕は驚いた。


「僕、一年なんですけど」


 急にスポットライトを当てられたかのように僕は狼狽しつつ言う。


「しかしお前なら、力量、格、ともに文句がつけようがないと思うがの」


「目立つのはちょっと……」


「あの時の勇ましさはどこに行った。戦場とはまるで別人じゃのう」


 それはそうだ。自分の一手で戦況が左右される戦場と、なにもしなくても周囲がなんとかしてくれる日情では話が違う。

 しかし今回は、なにもしなくても、とはいかないようだった。


「まあ、明日、またここに集合しましょうか。部員募集の定員五名は達成したわけだし」


 そう言って先輩がまとめる。

 そんな先輩こそいかにも部長らしい。

 他人事だと思って気楽なものである。


「無理っすよ……」


「それ以上、今日は口を開くな」


 番長が渋い顔のまま言う。


「あまり俺を落胆させるなよ。聖獣のホルダー」


 そう言って、番長は屋上と内部を繋ぐドアを開いて去っていった。

 不良二人は慌ててその後を追う。


「じゃあ、私も行くね。また明日~」


 そう言って、先輩も去っていく。

 そして、思い出したように開いたドアから顔を出して、言う。


「私大体ここで昼飯食ってるからさ。良かったら遊びに来なね」


 そう言って、手をひらひらさせて帰っていった。


「ここの鍵持ってるの蹴鞠先輩なんだけど、開けっ放しでいいのかなあ」


 優子が鞄を抱き、戸惑うように言う。


「優子、なんとか皆に言ってくれないか。俺に部長なんか無理だって」


 優子は目をしぱたかせると、優しく微笑んだ。


「コトブキなら適任だと思うな、私」


 僕は肩を落とした。


「どっから出てくるんだその信頼」


 こいつはこいつでネジが外れているような節がある。

 カメレオンのホルダーで皆から馬鹿にされていた時もこいつだけは僕を貶したりはしなかった。


「そりゃ、命の恩人は信頼するでしょ」


「なんだそりゃ」


「コトブキ、覚えてないの? 本当に?」


 少し俯いて、上目遣いに優子は問う。

 迷子になった子供のように、心細げに。


「……帰るか」


 僕は、逃げの一手を打つことにした。


「そうだね、帰ろう」


 優子はまた、優しく微笑んだ。

 家に帰ってゲームをしながら夜を待つ。

 そして、師匠の待つ公園へと向かった。


 師匠は右手を、立てた左腕の肘に当てると、左手の人差し指を立てた。


「優子ちゃんの話聞くたびに思ってたんだけどさ」


「はい」


 優子への恋心を見透かされたろうか。僕は内心慌てる。


「優子ちゃんからの愛だね」


「は?」


 思いもしない言葉に僕は戸惑った。


「優子ちゃんの君への愛は揺るぎないものなんだなって」


「師匠でもトンチンカンなこと言う時あるんすね」


「なあにがトンチンカンだい」


 そう言って含み笑いを浮かべながら僕を肘で小突く。


「愛があるからカメレオンのホルダーだった君を見ても引かなかった。愛があるから信頼して君を部長に推薦した。愛だよ」


「愛……ですか。そっか、友愛とかそう言う」


「性愛にしたいかい? そっちも私から学ぶ?」


「遠慮しておきたいですね」


 この人の戦闘技術は信頼できるが、恋愛に関してはどちらかと言うと知りたくないという思いがある。

 親の性癖を知りたくないのと一緒だ。


「まあ、愛だよ愛。素晴らしいね」


 そう言って、彼女は缶コーヒーを一口飲んで、鼻歌を歌い始めた。


「で、部長を穏便に辞退するにはどうすりゃいいですかね。部長なんて、主役の役職だ」


「けど、皆が君を適任だと言っている」


「買いかぶられてるんですよ」


 師匠は顔をしかめた。


「自信がないのが君の悪いところだ。普通の人間はね、手に武器を持てても心に武器は持てない。いざモンスターを目の前にすると戦えないもんなのさ。けど、君は二十を超えるオークの大軍を相手取った」


「ユニコーンのカードがあるからです」


「そうかな。君は優子ちゃんと徹君……だっけ? が危険だったらカメレオンのままでも飛び出して行きそうだけどな」


 僕は天を仰いだ。

 なんで皆こんな風に弱い僕を買いかぶるのだろう。


「自信がないのが君の唯一の欠点だね」


 そう言って、師匠は缶をあおると、中身を一気に飲み干し、ゴミ箱に投げた。

 乾いた音を立てて缶はゴミ箱に落ちる。


「じゃあ休憩も終わったことだしラウンドツーだ。今日は一本取るまで帰さないからね」


「……マジすか」


 ユニコーンのカードを失ったとはいえ、強いのだ、師匠は。

 けど、一ヶ月前程の絶望的な差は感じない。

 慣れてきている?


 戦闘面に関しては確かに僕も主役格らしくはなってきているのかもしれない。そう思った。



+++



 放課後、屋上に移動する。

 まだ誰も来ていない。

 鍵は昨日から開けっ放しだったので、奥へと進む。


「どうしたもんだか」


 溜め息混じりに独りごちる。

 その時、階段から人が上がってくる音がした。

 僕は咄嗟に、カメレオンのカードを腕のカードホールドのメインスロットに差し込んでいた。

 擬態。

 周囲の背景の中に擬態する、カメレオンのスキルを咄嗟に使っていた。


 笑い声は徐々に近づいてくる。


「じゃあ昔は強気だったんだ、コトブキ君」


 先輩が楽しげに言う。


「そうなんですよー。サッカーするぞーって皆集めたりして」


 そう言って手振り身振りで解説するのは優子だ。


「へえ。それは面白い変化だな」


「今じゃちょっと弱気だけど。けど私はコトブキを信頼しています。やる時はやる人だって」


「へえ」


 先輩は少し面白くなさ気な表情になった。

 それは一瞬で消えて、作り物だとわかる笑顔が表面に浮かぶ。


「ところで、なんでコトブキなの? 琴谷とコトブキじゃ全然違うよね。もしかして、武器って名前だったり?」


「いえ、違うんですよ。昔、あることがあって、その時からそのあだ名になったんです」


「教えてよ」


 先輩は屋上の中央に進むと、その場に座った。

 優子はその傍にしゃがむ。


「昔、ですね。三人で遊んでた時に、異界の魔物と遭遇したことがあったんです」


「異界の魔物と?」


 先輩は不味いもので飲み込んだような表情になる。


「その時からコトブキは、ずっとコトブキ」


 思い出してきた。

 そういえば、オークの大軍と戦う前にも、そういうことが幼少期にあった。



+++



「えいっえい。宝は僕のものだ」


「いいや、俺だ」



 幼い僕と徹が兄にもらった木刀でちゃんばらをしている。


「二人共頑張れー」


 優子は片手を上げて応援する。

 森の中だ。

 冒険ごっこに飽きてきた僕らは、対決ごっこにシフトチェンジしたのだった。


 僕の一撃が手に当たり、徹は木刀を手から落とす。


「大丈夫か、徹。怪我しなかったか」


「五月蝿いな。もう一戦だもう一戦」


 徹は手を振りながら木刀を握ると、今度は本気で打ってかかってきた。

 ある程度加減をするのがごっこのコツだ。だと言うのに、なんで彼は急に本気になったのだろう。

 僕は戸惑うしかない。


 その時だった。

 唸り声に、僕らは動きを止めた。

 木陰からゆっくりと、様子を見るようにライオンの顔が覗いた。

 その胴体には羽があり、尻尾は蛇だ。


 キメラ。

 異界の情報に興味津々だった僕らは、それが異界のモンスターだと確信した。


 優子が腰を抜かし、それを徹が手で引っ張る。


「逃げるんだよ、優子!」


「駄目、腰、抜けちゃった……」


 武器を放り出して焦っている徹と対象的に、優子は日情のような口調だ。

 現実を直視できていないのだろう。

 これから三人は食われる。ほぼ九割の確率で。

 ならば、残る一割に賭けてみるべきだ。


 僕はそう思った。


「逃げるな!」


 叫んで、僕は木刀を構えた。

 そして、キメラと対峙する。


 キメラは暫く戸惑うように僕を見ていた。

 僕はキメラを睨み返した。


 どれほどの時間が過ぎただろう。

 永遠に思える数分のことだった。


 キメラが威嚇しようと前足を上げる。

 僕は動かない。


 キメラの目だけを睨みつけ、僕は木刀を構え続けた。

 キメラはそれに恐れたかのように、徐々に退いていき、最後には逃げていった。


「凄いな、お前。あいつを追っ払った」


 徹は呆れたように言うと、尻から地面に座り落ちた。

 今更緊張がやって来たのか、優子は泣き始める。


「本で読んだんだ。遭遇したら逃げても相手を勢いづかせるだけだって。なら、怖がらせるしかないって」


「武器一本で相手を追っ払う。コトブキは俺の一番の親友だぜ」


 徹は苦笑混じりに言う。


「かなわないな、そういうとこ」


 その言葉には、何故か感情がなかった。

 後になって全てを話して、真っ青になった親から僕らは手酷く叱られた。

 僕なんて殴られて字になった程だ。


 まだ三人が同じ道を歩んでいた頃、そういうことが、あった。



+++



「あれから、徹が皆にその話をして、琴谷君はコトブキって流行らせたんですよ。それでコトブキ」


「命名は幼馴染かあ。なるほどね。歴史あるんだ」


「だから私はそれから信じてるんです。困ったらコトブキはなんとかしてくれる人だって。弱気になっても、やるべき時には頼りになる人だって」


 買いかぶりすぎだ。

 違う、僕はそんな奴じゃないと断言したくなる。

 けど、過去は変えられない。


 幼い頃の僕は死にたくないから勇気を振り絞った。

 それが、結果的に優子の信頼を生んだ。


 喜ぶべきだろうか。期待の重圧に焦るべきだろうか。


「いい話だった」


 そう言って番長と不良二人が入ってくる。


「あんた、聞いてたのかい」


「知りたいことを話しとると思ってのう。やはり俺の目に狂いはなかった」


「コトブキがそんな凄い奴だったなんてな……」


「木刀でキメラを追っ払う。痺れるぜ」


 なんだか株が勝手に上がっていっている。


「それじゃ、部長はコトブキで決定じゃの」


「決定ー!」


 番長の声に、優子が調子よく腕を上げる。


「待った!」


 僕は、擬態を解いた。

 優子は目を丸くして、頬を紅潮させる。

 先輩がにやにやしながら近づいてきた。


「コトブキ君」


 先輩の指が僕をつつく。


「日本は多数決の国、なんだよ」


「そりゃないよ」


 琴谷一馬。MTの部長となることが決まった日だった。



続く

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