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ブレイクスペル

 僕は呆然としていた。

 周囲に仲間の姿はなく、あるのは雪の降る住宅街。


 クリスマスイルミネーションに彩られたその町は、イベントに浮き立つ住人の心を映すようだ。


(これは一体……?)


 ユニコーンのカードをカードホールドに差し込み、槍を呼び出す。

 そして、覚悟を決めて歩き始めた。


 しばらく歩くと、人影が見えてきた。

 コートに身を包み、俯きがちに白い息を吐いている彼女は、まごうことなく優子だ。

 化粧をしており、いつもの姿より大人びて見える。

 やはり、綺麗だ。


 彼女は僕に気がつくと、表情を輝かせた。


「コトブキ! 待ったよ!」


「待った?」


「そうだよ。一緒にショッピングモールへ行く約束だったじゃんか」


 そういえばそうだったろうか。

 言われていればそんな気がしてきた。


 優子は僕に手を差し伸べる。

 僕はぼんやりとその手を眺めていた。


 いけない、なにか大事なことを忘れている気がする。

 けれども、クリスマスに優子と約束をしたのは事実だ。


 迷いながら、僕は誘惑に負けて、その手を取った。

 柔らかで温かい優子の手だった。

 そして、二人で並んで歩き始める。


 他愛ない話に花が咲き、二人して笑う。

 なんて幸せなんだろう。

 陰キャの僕にこんな幸せがあっていいのだろうかと思うほどだ。


 その時、殺気が僕を襲った。


「おいおい、冗談じゃないぜ」


 そう言ったのは漆黒の炎に包まれた化け物だ。

 化け物は僕めがけて剣を投じた。それを、優子から手を離し、槍で弾く。

 相手の本命の剣は別にあるらしく、鞘から剣を抜くと真っ直ぐに構えた。


 デジャヴを感じる。

 何処かで見た構えだ。

 しかし、それがどこかを思い出せない。


「優子、サンクチュアリで自分の身は守れるね?」


「うん」


「じゃあ、全開で行く」


 僕は跳躍すると、上空から五月雨・改を放った。

 光の槍の数々が化け物向かって降り注ぐ。


 しかし、化け物の前に現れた黒いモヤのようなものが、その全てを無効化した。


「なに?」


 僕は戸惑いながらも、電柱を蹴って方向転換する。

 そして、最大速度で直進した。


 剣と槍がぶつかり合わせる。

 そして、化け物と僕は異口同音に言っていた。


「ブレイクスペル!」


 剣と槍の接触点から光が放たれ、周囲を包む。

 そして、化け物だった者は刀を構えた徹に、優子だった者は悪魔に姿を変えた。


「たいした魔術だ」


 淡々とそう言うと、徹は光の剣を生み出し、逃げ出そうとする悪魔の頭部に投擲した。

 剣は深々と悪魔に突き刺さり、相手を消滅させた。


「聖獣と勇者が揃う時、邪の魔術は消え去る。しかし、よく俺が俺だと気づいたな、コトブキ」


 褒められて、僕は少し照れる。


「構えがね。決定的なのはプロテクションだ。僕の五月雨・改を広範囲で無効化できるのは徹ぐらいだと思っていた」


「俺は素早さだな。あのすばしっこさはコトブキだとすぐにわかった」


「幻術の類みたいだね。皆大丈夫かな」


「見てみないことにはわからないだろう」


 そう言って、徹は再び潮風斬鉄を掲げた。

 僕はそれに槍を合わせる。

 二人して、再び唱える。


「ブレイクスペル」


 唱えた瞬間、周囲の景色が変わった。

 広い住宅街は消え去り、体育館程の広さの肉塊が蠢く壁の部屋に姿を変えた。


「皆と連絡は取れるか?」


 僕は異界に干渉しようとする。しかし、上手くできなかった。


「駄目だな。異界のボスが妨害してる」


「なら、せめて……ブレイクスペル!」


 槍と刀の接点から光が三度放たれた。

 光は壁を走っていき、ダンジョンの隅々まで行き届いた。


「まったく。なにが幸せの異界だ」


 徹はぼやくように言って、周囲を見回す。

 僕もそれに釣られて、眼下に視線を向けた。


 何人もの人間の遺体がそこにはあった。

 僕は目を閉じて数秒黙祷し、徹と並んで立つ。


「急ごう。合流しないと撤退もできない」


「そうだな。優子が危ない。誰かと一緒ならいいんだが」


「それにしても」


「なんだ?」


「どんな夢を見たんだ、徹?」


 僕が問うと、徹はバツが悪そうに頬を染めた。


「お前と大体同じさ、大将。相手は違うがな」


 徹にもこんな一般人らしさがある。

 そんな一面を久々に見て、僕は少し微笑ましく思った。

 しかし、緩んだ表情はすぐに引き締まる。

 周囲の遺体に視線を向ける。

 二桁以上の遺体だ。


「早く皆と合流しよう」


「そうだな。一旦撤退しよう。ここは危ない」


 その言葉で弾かれたように、僕らは駆け始めた。




続く

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