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大空を舞う 後編

 ワープゲートに入ると、そこはまた砂浜だった。

 先輩の顔に焦りが滲む。


 僕は跳躍して、さっきの要領で周囲を見渡す。

 水平線の向こうに、ぽつんと小島があるのがわかった。

 そこには、日光を受けて輝くネックレスが飾られていた。


 異界の秘宝だ。

 間違いなかった。


 それを話すと、先輩は複雑気な表情になった。


「罠だよそれ。海の下にどんなモンスターがいるかわからない。泳いでいくのはリスキーだ」


「ですね。僕もそう思います。けど先輩の滑空なら届くんじゃないですか」


「うーん。ちょっと自信ない。所詮森の中で木から木の間を滑空してただけの生物だからね」


「木を探してイカダでも作る?」


 優子の案に、二人してしばし考え込む。

 お互い、リスクを考慮しているのだとわかる。

 海のモンスター。海底にはどんな化物がいて、人間を引きずり込もうとしているかわかったものではない。


 その時、虚を突くような笑い声が周囲に響き渡った。


「悩んでいるようじゃな。秘宝は俺達が頂いた」


 なにもない空間から声が響く。

 空中に切れ目が生まれ、そこから三人の男が姿を表した。

 二人は、僕を教室で脅したあの不良達だ。一人は、先輩を追いかけ回している額に傷のある男だった。


「番長。あんたなにしてんのさ!」


 先輩は焦ったように言う。


「お前の貸しにしてある十万円の請求よ。しかし、これはいい具合に働いた。お前に借金を背負わせつつさらに収入も得られる」


「異界では基本最初に見つけたグループに宝物の所有権があるはずです!」


 優子が声に力を篭めて言う。


「残念ながら武力衝突しなければ後は水掛け論よ。手に入れた方が確実じゃ」


 そう言うと、男はカードホールドにカードを差し込んだ。


「見ろ! これが空の支配者のカードだ!」


 そう言っているうちに、番長の背中に翼が生えた。

 プテラノドン。

 古代種の中でも空の支配者のカード。


「俺のカードはお前のカードにとって捕食者の立場にある。まあ、精々そこで枕を涙で濡らすんじゃな」


 そう言って羽ばたくと、番長は宝に向かって一直線に飛び始めた。


「話はわかりました。飛びましょう、先輩」


 先輩はたじろぐように一歩を退く。


「無理だよ。私は所詮被食者のカード。奴には勝てない」


「滑空の勢いで勝れば追い抜けるはずです。幸い奴は素早くはない」


「無理だ。所詮私は奴には一歩劣る運命なんだ」


 僕はたまらなくなって先輩の肩を掴んだ。


「今の時代に翼竜種はいますか?」


 先輩は驚いたように目を丸くする。


「翼竜種は滅んだ。生き残った始祖鳥の子孫は鳥となって空を支配している。空を舞っているのは鳥だ!」


 先輩はしばし考え込んだ後、頷いた。


「……わかったよ」


「それでこそ先輩だ。僕が跳躍して高さを稼ぎます。肩に乗って」


 そう言ってしゃがむと、先輩は僕の肩に乗った。

 そのまま高々と跳躍する。


「いっけえ!」


 先輩が僕の肩を蹴って、跳躍する。

 そして、翼を広げて滑空を始めた。


 みるみるうちに翼竜との距離が縮まっていく。

 翼竜は旋回して、空中で迎え撃つような体勢に移った。


「フェザーファントム!」


 先輩の翼から羽が放たれる。


「ふん、鍛え上げられた翼竜の肌にそんなものが刺さるか」


 番長は嘲笑うように言う。

 その表情が焦りに歪んだ。


「くっ、視界が……!」


 大量の羽は番長の視覚を完全に覆った。

 先輩はその間も滑空して、番長とすれ違い、ネックレスに近づいていく。


「番長、後ろです! いや、前も!」


 不良が焦りながら言う。

 その時、着地した僕は既に行動に移っていた。


 目一杯しゃがんで、前方に跳躍する。

 みるみるうちに翼竜との距離が縮まる。

 そして、一歩で強く番長の肩を踏みしめると、さらに跳躍した。


 僕の周囲を先輩が一周りする。

 始祖鳥は空を舞っていた。


「なんだい。最初からコトブキ君一人でなんとかできたんじゃないか」


 先輩はすねたように言う。


「たまには主人公気分もいいもんでしょう。それに、距離があると避けられる恐れもあった」


 僕は照れながら言う。

 二人で、顔を見合わせて微笑んだ。

 互いに照れ笑いだ。


 そして、僕達は小島に着地した。

 先輩はネックレスを掴み、高々と掲げた。


「このネックレスは蹴鞠小春が手に入れた。異議があれば先生にでも申し出やがれ!」


「……返ってくるんじゃろうな。俺のお年玉貯金」


 番長が近づいてきて、恨みがましげに言う。


「な、可愛いこと言うだろ?」


 先輩は苦笑交じりに言う。


「だから、しらばっくれる気になれないんだ」


「そもそも、なんで十万も借金したんすか」


「それはだね……」


「はい」


「なんでもするから付き合ってくれって言うもんだからあるバッグを買ってくれたら付き合うって約束したんだ」


 僕は仰天した。


「そしたら本当に用意したもんだから、買い物に付き合ってあげた。それで約束は果たした。けどこいつはゴネた」


 さらに仰天する。

 詐欺師地味たやり口だ。


「バッグ返して平和解決すれば良かったのに」


「生憎私も苦しくてね。食費と親のパチンコ代にバックは化けましたとさ」


 三度目の仰天。


「酷い親もあったもんじゃ」


 番長が同情するように言う。


「ほれ、これで十万はチャラだ」


 そう言って、先輩は番長にネックレスを投げた。


「番長~!」


 不良が一人、海の上を駆けてやってくる。


「ひえ、海を走ってる」


 僕は目を丸くして言う。


「忍者のホルダーなんだ。潰しが効くのになんでか俺を慕ってくれてる」


 番長は少し疲れたようにそう言うと、真剣な表情になった。


「それにしても流石はユニコーンのホルダー。大した跳躍力だった」


「まあ、朝飯前ってことで」


 僕は後頭部をかきながら照れ笑いで答える。

 帰り道、再び先輩を乗せて跳躍する。

 今度は先輩が僕の体を掴んだ状態で滑空する。


「先輩、空飛んでますよ」


「落ちてるんだよ」


 そう苦笑交じりに言うが、先輩は悪くもないといった表情だった。


「二人なら、飛べるのかもしれない。君と、二人なら」


 その言葉の真意を問うことを許さぬとでも言うように、先輩は滑空の速度を上げた。



+++



「いやあ、美しいハッピーエンドだ」


 そう言って、師匠は拍手する。

 夜の公園だった。

 相変わらず僕は、師匠に鍛えられている。

 今は荷重スクワットの時間だ。


「その後が大変だったんですよ」


「ほう、と言うと?」


 師匠はコーヒー片手に身を乗り出す。

 本当に興味深げといった感じで、僕は照れ臭くなる。


「それがですね、優子がこう言うんです」


「ほう?」


「ここにいるメンバーで部を作ったらどうだろうって」


「あっはっはっはっはっは」


 師匠はなにがおかしいのか笑った。


「優等生と不良のグループの呉越同舟だねえ」


「笑いごっちゃないっすよ。番長は乗り気だし」


「行ってよかったろ? 学校」


 僕は動きを止めて、暫し考え込んだ。


「ですね。意外な出会いだとか、予想外の奴と仲良くなったりだとか。マイナスの面もあるんでしょうけど」


「若いうちの苦労は買ってでもしな。大人になってから活きてくるもんだ」


「そういうもんですか」


「そういうもんだ」


 そう言って、彼女は缶を振ってコーヒーの残量を確かめると、一口飲んだ。

 街灯と月だけが僕らを照らしていた。


続く

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