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見習い探索員通称MT

 洞窟は嫌いだ。湿気の強いじめじめとした空気も転ばせようとするかのような足元のくぼみも何よりも血と汗のすえた臭いも。

 肩にのしかかる武器防具の重みも少し苦手だ。

 なによりも嫌いなのは囚人の鎖のように手首に巻き付くカードホールドと醜く伸びた自分の舌。


 カメレオンのホルダーであり装備運搬役。それが今の僕の肩書き。


「今日もめぼしいもんは特にないな」


 同じクラスに所属している堂本力也が退屈げにブロードソードを振りながら言う。


「ないな、ない」


 その双子の弟である修也がまったくだとばかりに同意する。


「油断はするな。ここは異界なのだから」


 生徒会長の御剣剣侍が眼鏡の位置を整えながら咎めるように言う。


「まあ、緊張してばっかりだと疲れちゃうよ。な、コトブキ」


 そう言って、高原徹が僕の肩を叩いた。

 心が少し軽くなる。

 徹は僕の幼馴染だ。


 徹との友情は幼稚園の頃に遡る。

 同じ幼稚園で、冒険ごっこをしたりする仲だった。

 それからずっと、口下手な僕が孤立しなかったのは徹と、もう一人の幼馴染のおかげだ。


「そ、そうだね、徹」


「運搬係は気楽なもんね」


 嫌味っぽく副会長の柊玲子が言う。

 双子がしたりとばかりににたりと微笑んで口を開いた。


「そうだよな。コトブキがしてることと言えば荷運びだもん」


「命かけてる俺らの後ろを舌をべろんと伸ばしながらついてくる。やだねー」


「そういう言い方はないんじゃない?」


 苛立たしげに反論するのは最後の幼馴染、夏目優子だ。

 彼女は僧侶のホルダーで主に回復役を担当している。


 二十年近く前の西暦二千六年。突如世界の各地に出現した遺跡、洞窟、通称異界から魔物が現れるようになったのは最早日情。

 異界の魔物には銃も砲弾も通じず、異界にて手に入れられた武器のみが通用すると知れて、政府は新たに主に警官や自衛官から異界探索者を選出した。

 中でもカードホールドと呼ばれる異界の特別なカードを入れるホールドは人間を新たな段階へと進化させた。


 例えば徹の持っている聖騎士のカード。それは超常現象としか思えないような特殊能力を現実にする力を徹に与えるのだ。

 その中でもゲテモノと呼ばれるカード。通称モンスター職は、人体の構造も変えるような醜悪な外見を使った人間に与える。


 年月の流れの中で、政府は探索者を要請する専門学校、通称見習い探索員養成学校略してMTを各地に作り上げた。

 自分にその才能があるとわかった時、正直悩んだ。

 自分の適正があるのはモンスター職だったからだ。


 舌が伸びる外見にぎょろりとした目。醜悪な外見を初めて見た時、自分でもショックで失神してしまったほどだ。

 けど、背を押してくれたのは徹だ。


「そういう言い方はないと俺も思うな。コトブキはカメレオンのホルダーとして一流だぜ」


「はいはい」


「徹がそう言うならそういうことにしておきますか」


「そうね。徹が言うならしょうがないわ」


 玲子は嫌悪感を隠さずに双子に追随する。


「気にするなよ、コトブキ」


 徹がそう囁いて僕の背を叩く。

 そうだ。三人で卒業しようと約束したのだ。

 僕の心は少し軽くなった。


「話はそれまでだ。来るぞ」


 会長が眼鏡の位置を整えて言う。

 遠くに見えるのは二足歩行のドラゴン。

 異界は現実とファンタジーの世界の境界を破壊した。


 今ではこのようなモンスターが、異界の上層に現れるようになっている。

 いつ、何時連中が僕らの世界に足を踏み入れるかわかったものではない。

 だから、特殊な訓練を受けた人間達が掃除をする必要がある。


 学生の中でも特別に訓練を受けた人間ならば、異界の上層までならば探索しても良いことになっている。

 日情の中にちょっとした刺激と、将来を見据えた経験を。

 僕らはそのために異界にたびたび足を踏み入れている。


 と言っても、僕は帰ってゲームでもしていたい。

 徹が言うから仕方なくというやつだ。


 会長がひとっ飛びでドラゴンの不意をつく。

 ケンタウルスのホルダー。

 幻想種のホルダーと言えばレア職で、会長はそのカリスマを不動のものとしている。


 会長の槍がドラゴンの目に突き刺さった。

 ドラゴンの悲鳴が洞窟内に木霊する。


 修也と優子が呪文を詠唱して力也の力を何倍にも増幅させる。力也が龍の足を断った。

 アタッカーと支援役。手慣れたコンビネーションだ。


「いくわよ、徹」


「はい!」


 玲子が呪文を詠唱すると同時に、僕は舌で荷物から剣を取り出し、徹の手へと運ぶ。

 剣はみるみるうちに炎を纏い、燃え盛り始めた。


「ミラクルソード!」


 徹のカード、聖騎士は、正に主人公のカード。

 聖なる加護を受け、死しても蘇り、攻防共に優れたスキルを与えられる。

 その中の一つが、攻撃力の異様な上昇だ。


 徹が走り、双子と生徒会長がその場を退避する。

 ドラゴンは苛立たしげに炎を吐こうと息を吸う。

 徹は振り返りもせずに、左を虚空に伸ばした。


 わかっている。僕の出番だ。

 僕は荷物から舌で盾を取り出すと、そのまま伸ばして徹に手渡した。

 炎の息が吐かれ、徹の盾に弾かれる。

 そして徹は、ドラゴンを一刀両断した。


「レベルアップターイムってね」


 地響きを立ててドラゴンが倒れと同時に、修也が悪戯っぽく言う。

 敵を倒すと相応の経験が溜まり、それが一定値を超えるとカードを強化できる。

 そこらは、ゲームみたいだなと思う。


 それにしても、流石は徹だ。

 パーティーの中心メンバーにして聖騎士。

 僕なんてとても敵わない。


 その時、僕のカードホールドが輝いた。

 レベルアップの知らせだ。

 メインカードの下に潜ませたサブカードが輝いていた。


「流石コトブキだぜ。なにも言わなくても盾をぴったしのタイミングで出してくれる」


「それが仕事よ。それにしてもサブカード? なに? レベルアップの副業でもしてるわけ?」


 玲子が責めるように言う。相変わらず僕に優しいのは優子と徹だけだ。

 けど、今はそんなことはどうでも良かった。


 僕の心は弾んでいた。

 サブカード。

 今、僕はこのサブカードのレベルアップに誰よりも興奮していたからだ。


 ついにここまで来た。長かった。


「なんだよ。俺達についてくるだけじゃなくて経験値も吸い取るのか」


「本当、役立たずの癖に収入だけは一人前だな」


 双子が玲子に便乗して責めてくる。


「いいから先を急ぐぞ。この異界は最近構造が変わった。先駆者達が取りこぼした宝もあるかもしれない」


 会長がそう言い、各々歩き始める。

 徹は剣と盾を僕の持つ荷台に落とした。


「気にするなよ、コトブキ。それにしてもサブカードだって? 本当に副業しちゃってんの?」


 徹は悪戯っぽく微笑んで、小声で囁いてくる。


「いや、その。ついでで育ててるカードがあるっていうか」


「なんだよー、教えろよ」


「いや、まあ、つまんないことだよ」


 徹は急に真顔になって、じっと僕を見つめる。

 嫌だ。徹。君だけは僕を嫌いにならないでくれ。


 不安になっていると、徹は不意に表情を崩した。


「ま、いいか。お前が話したくなるまで待つよ」


 いい奴なのだ。本当。

 僕は安堵して、胸を撫で下ろした。

 優子も苦笑しているようだった。


 日が差した。洞窟を出たのだ。


「今日はここまでだな」


 会長が言う。

 双子が剣を空中に投げる。

 それを僕は、舌で慌てて絡め取って荷台に乗せた。


「徹、ゲーセン行こうぜ」


「そうだよ、コトブキなんてほっといてさ」


 双子が早速徹に駆け寄っていく。


「俺が行くならコトブキと優子も来るよな」


「お生憎様、コトブキと私は金欠よ」


 優子はそう言って肩をすくめる。

 日差しが心地いい。

 僕はカードホールドを外して、リュックにしまった。


「一緒に帰ろ、コトブキ」


 双子は既に徹の背を押して歩き始めている。


「ほんと、こういうとこは気がきかないのよねー、徹の奴」


 優子は苦笑交じりに言う。


「徹は良い奴だから。人間は自分を基準に考えてしまうから、周りもいい奴に見えるんじゃないかな。僕とは大違いだ」


「それって私まで貶してない?」


 優子はじろりと僕を見る。


「あ、その、そんなつもりは……」


「冗談よ」


 破顔してそう言うと、優子は前を歩き始めた。


「荷物を武器防具室に運ぶんでしょ。付き合うわ」


「ありがとう」


 僕もいつしかこわばっていた表情を崩す。

 徹と優子だけには嫌われてはならない。

 それが僕の人生の基準だった。

 日差しは暖かく僕らを照らしていた。



続く

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