Mission2.夜会に参加しよう_04
ふわふわと座り心地のいい馬車の中で、フィンリー様はずっと外を眺めています。私も同じように流れる景色を見つめていると、ためらいがちな謝罪が聞こえました。
「すみません、レイラさんに、は、はじ、恥をかかせてしまいました」
「恥、ですか?」
「はい、ええと、ダ、ダンスで」
窓から視線を落としたフィンリー様が、ご自分の髪の毛をくしゃりと握りました。
「恥だなんて! 私にはとっても楽しい時間でした。そのうちシェラルドの家にも笑って報告しますわ、フィンリー様の足を踏んづけてしまったのよって」
「それ、それは……いや、はい、たの、楽しかったならよかっ、良かったです。僕も、楽しかっ……はい」
いま、楽しかったっておっしゃいましたよね!
思わず二度見してしまいましたが、問い返したら誤魔化されてしまいそうな気がして、私はヘヘと笑いました。
熱烈な感情はなくとも、こんな穏やかな時間を繰り返していきたいなぁなんて、口元がニマニマしてしまいます。フィンリー様はポケットからハンカチを取り出し、同時にカサリと紙切れが落ちました。
「あら、落とされましたよ」
足元に半開きで落ちた紙を拾ってお返しします。見ようと思ったわけではないのですが、その紙には「作戦指示書」または「作業指示書」のような文字がありました。
「あ、ああ。これはですね……シェ、シェラルド領の奇病についてです。ちょう、ちょ、調査申請が最近やっと受領されました」
「申請にも結構時間がかかるんですね」
「調査たん、たんと、担当者を指名したんです。ししし、信頼に足る人物に任せたかったので」
「わぁ、どなたですか?」
貴族名鑑でさえ覚えきれていないのですから、お名前を聞いたところでわかるとも思わないのですが。ただフィンリー様が信頼し、そしてシェラルド領のために動いてくださるのですから、覚えておきたいなと。
フィンリー様は紙を内ポケットにしまってから、膝の上で手袋をきゅっと引っ張りました。
「フォ、フォーシル伯爵です」
「黒獅子卿、ですか。彼は戦場を駆け巡るようなイメージでしたが……」
「いえ、かかか、彼は情報局の所属です。本来の職務はこっこく、国内の治安維持に関わる、じょ、情報の収集と精査ですよ。ま、まぁ君命で、はば、幅広く立ち回っているようですが」
「そうでしたか。そんな方に調べていただけるなら安心ですね」
先ほどお見掛けした黒獅子卿の姿を思い浮かべました。褒章を授与されるほどなのですから優秀なことは確かでしょうが、フィンリー様が信頼するとおっしゃるのなら、一層不安はありません。
どんな結果であれ、調査いただいたことに感謝して受け入れなければいけませんね。その旨を両親にも伝えなければ。
「到着いたしました」
「あ、ああ。あけ、開けてくれ」
屋敷の門の開閉音にも気づきませんでしたがいつの間に、と首をかしげる私に、フィンリー様が馬車の外から手を差し伸べてくださいました。
以前とは違う、ちょうどいいポジションに差し出された手。それでも指先が不揃いなのが可笑しくて可愛らしくて嬉しくて、私はまたニマニマしながらその手を取ります。
「あら……? ここは?」
小高い丘になっているのか、王都の中心部が眼下に広がっていました。お祭りの最中であるせいか、どこもかしこも明かりが灯ってキラキラと華やかです。
「あ、あち、あちらにあるのが、とけ、時計台です。時計台は王都にみ、3つありますが、こっ、この時間はどちらも登れませんから、せめ、せめて少しでも高いところがいいかと」
そう言って、私の手をとったままのフィンリー様が歩き出しました。時計台へ続く道を逸れると、背の低い草の柔らかさが足に伝わります。
「あれは……!」
フィンリー様が左手で指し示したのは、やはり温かな光でライトアップされたお城でした。白い壁も城を包む薄い霧も光を反射して、ふわふわきらきら輝いています。
お城を中心に王都を見下ろすと、まるでお城からキラキラが零れ落ちたよう。ついつい「ほぅ」と溜め息が出てしまいます。
「き、綺麗でしょう。今夜がいちばん、あか、明るいはずです」
「素敵ですね、妖精のドレスみたいだわ」
「あれ、あれが、僕らの守るべき城であり王都です。しかしあれだけ美しい城であっても、光が届かない場所はとても暗い」
眼前に広がる美しい情景とはかけ離れた、フィンリー様の固い声に耳を傾けます。
「次期公爵というたち、立場は、常にだだ誰かに足元を狙われています。地位にせよ、め、名誉や功績にせよ、場合によっては命も。だからレ、レイラさんは表に出ないよう、気を、気を付けていたのですが」
ああ、と小さく声が漏れました。
フィンリー様が私に求めたのは、書類上の配偶者の欄を埋めることであって公爵夫人ではないのですよね。だから最低限の社交だけで良いと言ったのは、私と深く関わるつもりがないというだけでなく、私を守るという意味もあった。
でも私、さっきそこそこ目立ってしまいましたね。
「手遅れ、かしら?」
「さ、さぁ、どっどうでしょう。ですが今後は陰ながらごえ、護衛をつけたり、いち、一時的にシェラルドへ戻ってもらうこともある、あるかもしれません。申し訳ない」
「はい、何も問題ありません。ありがとうございます」
奇病の噂も、王都での生活も、細やかに気を遣ってくださって。さらにこんなに素敵な景色を見せてくれて。
いつか本当の伴侶を見つけてしまわないでほしい、なんてワガママを心に浮かべてしまいそうなほどだわ。
「あし、あ、明日はあのお祭りに、い、行くんですよね。早く戻ってきょ、今日の疲れをとりましょう」
「はいっ!」
馬車へ戻る私の足取りは、さらに軽やかになりました。
いつもお読みいただきありがとうございます。
明日から2話ずつの更新になります。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。