Mission2.夜会に参加しよう_03
ベイラール公爵一家ともなると、挨拶に訪れる人の数も凄いものです。グレース様の笑い声は朗らかで、薔薇が咲くように周囲をパッと華やかにしてしまうので、余計に人を集めるのでしょうね。
フィンリー様は先ほどからずっとお帰りになりたそうにしていますが、なかなかそのタイミングが得られません。
私はといえば、公爵家の皆さまがスムーズに紹介してくださるので、どうにか頭の中の貴族名鑑を参照しつつ対応ができ……ているはず、です。
「薔薇といえば赤いし、スミレは青いわね。そういえば息子が今年も褒章をいただきましたの」
派手な金色のドレスを召された年配のご婦人がそうおっしゃいました。たしか彼女は、ダッズベリー侯爵夫人ですね。
最近も侯爵が他国から連れて来た銀細工職人が、王妃殿下の覚えがめでたく王都に店を構えるほどだとかで……飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことだと、家庭教師の先生も仰っていました。
ところで、彼女の言葉は一体どういった意味があるのでしょう? グレース様は少しムッとした表情ですし、フィンリー様やテオ様は呆れ顔。
薔薇はきっと髪色からグレース様を、スミレは瞳の色から私を指しているのではないか、つまりベイラール公爵家について言いたいことがある、というところまでは予想ができますけど。
あ、いえ、ちょっと待ってください。赤い薔薇と青いスミレと言えば、最近お勉強した叙事詩の一節にあったはずです。あれは確か……。
「まぁ! つまりご子息は急いで湯浴みを……いえ、水浴びのほうがよろしいのかしら。なんにせよ、注目を集めるのは喜ばしいことですわ」
300年の昔に書かれた叙事詩では、男たちの熱い視線から逃れ火照りを冷ますため、お姫様は薔薇やスミレの浮かぶ泉に入るのです。
褒章を授与されるほどの方ですから、多くのご令嬢の注目の的でしょうし、自慢したくなるのも当然のことでしょうね。
お勉強の成果を得られたことに我ながら満足しつつ、私はフンフンと頷きました。けれど、グレース様は扇で口元を隠し、テオ様は背後へ顔を背けながら、笑っているのが隠しきれていません。
フィンリー様は困ったように眼鏡を正しつつ、私の肩をぎゅっと抱いてくださいました。
「なっ、なっ、んもう! スミレよりロベリアがお似合いね!」
お顔を真っ赤にしたダッズベリー侯爵夫人は、私の頭を飾るスミレの簪を一瞥して、私たちに背を向けます。
むむ。ロベリアの花言葉は「愛らしい」のほかに「悪意」や「敵意」があります。どうも怒らせてしまったようですが、何がいけなかったのかわかりません。
とんでもないことを言ってしまったかしら、と公爵家の方々の様子を伺うと、もはや隠すことなく笑っているグレース様とテオ様。公爵閣下も口元を手で覆って明後日の方向を向いています。
「良かった、とても良かったわ、レイラさん!」
「あの顔、最高でしたね。兄さんも鼻が高いのでは?」
「そ、そういうことを言うものではななないよ」
むむ。皆さまの様子を見るに、私は自分の知らないところで「してやった」ようです。一体何をしてやったのかしら。
「あの」
「だだ大丈夫です。ちょ、ちょっと風にあた当たりましょうか」
フィンリー様に誘われるままに、会話の輪から外れてバルコニーへ向かいます。確かに、夜の風はひやっとして気持ちがいいですね。
「おかしなことを言ってしまったでしょうか」
「ああ……、いえレイラさんがおき、おき、お気になさる必要はありません。『薔薇は赤、スミレは青』からはじ、始まるポポポエムが流行っているのです。りゅ、流行のきっかけとなっ、なった詩は『砂糖は甘いし、それに君も』と続きます」
「ん゛っ。初耳です。すごく可愛らしい詩ですね」
当たり前のことと相手とを並列するだなんて、くすぐったいけど、言われた方はきっと嬉しいでしょう。小さな男の子が野に咲く花を差し出すような、そんな情景が目に浮かびます。
「そそそれが変化して現在はいろんなパターンがありますが、言わずともしれ、知れたことを並べるという原則に沿うならば……、ここっこ侯爵夫人は暗に『息子はもちろん褒章を授与されたが、公爵家は当たり前のようにないでしょう』と、揶揄し、したことになります」
「わぁ、私ったら見当違いのことを」
「そっ、それがそうでもありありません。ほん、本来この詩はレイラさんの指す叙事詩がベベベースにありますから、より知性的ですし……。何より、こ、侯爵子息は40も見え、見えるころですが、独身でして」
それくらいのご年齢になっても婚約者さえいないとあらば、それはそれなりの理由があると推察されます。もし女性の注目を一身に集めるのなら、それは結婚対象としてではなく……。
「私、とんだ失礼を」
「だ、大丈夫です。しつ、しっ、失礼だったのはあち、あちらですから」
白い手袋をきゅっと引っ張ったフィンリー様の口元も、心なしか緩んでいるように見えました。私はホッとして息をつきます。
「私、テオ様やグレース様のこと大好きです。だから、そうですね。公爵家を貶めようとした方を撃退できたなら、ちょっと嬉しい、かな」
「……そっ、そろそろ帰りましょうか」
そう言ったフィンリー様の声は穏やかで、初めての夜会は成功だったのだと、そう思いました。




