Mission2.夜会に参加しよう_02
「オンナだけでお茶会するの。きっと楽しいでしょう。だからテオさんも早く恋人を見つけて頂戴よ、レイラさんと私と3人でお喋りをするのよ」
ベイラール公爵夫人であるグレース様は、にこやかに笑いながらテオ様に向けて首をコテンと倒しました。
華やかな赤毛と雷雲のような濃いグレーの瞳は彼女を勝ち気に彩りますが、笑顔には慈愛の色が満ちています。
「お茶会いいですね! でも人数は多いほうが楽しいと思います。例えば、ベイラール公爵令嬢なんてどうです? 俺、妹が欲しいなぁ」
「まぁ!」
「冗談もほどほどにしないか、テオ」
テオ様とそっくりなブロンドの公爵ヘンリー様が、茶色に近い琥珀色の瞳でジロリとテオ様を睨みました。
ヘンリー様の腕をぎゅっと抱えながら、グレース様が私に「ごめんなさいね」と微笑みかけます。
降って湧いた得体の知れない嫁を温かく迎え入れてくれた公爵一家に、私は有り難い気持ちと同時に申し訳なさも感じました。だって騙してるようなものですもの!
未来の公爵夫人に求められる社交も、跡継ぎも、私は期待に応えることはできません……!
「お、お、遅くなり申し訳ありません。もも問題ありませんでし、でしたか」
「大アリよ! 最初の夜会で新妻をほったらかしにするだなんて!」
やっと合流なさったフィンリー様に、グレース様がチクリと小言を。私も、先ほど一人ぼっちにさせられましたのでフォローはしてあげません。
契約外の社交であることは、別途報酬をいただきますからいいのですけど。私にとって頼るべきはフィンリー様しかいらっしゃらないのに、テオ様にお迎えに来られた恨み、しばらく忘れませんよ!
「兄さん、気を付けないとレイラ義姉さんを誰かに取られちゃいますよ」
「そ、そうだね。気を付けよう」
フィンリー様は私たちの背後をくるりとまわって私の横へくると、テオ様と私の間へ入り込みます。
エスコートを代わるという意志表示でしょうけれど、割って入るには少々狭い空間かと思ったので驚きました。フィンリー様にもこんな強引な一面があったのですね。
「お仕事はよろしいのですか?」
「はははい。おおかげさまで……。ごごごめご迷惑をおかけしました」
「ふふふふ、やっぱりフィンリーさんがお嫁さんを連れているのに、まだ慣れないわねぇ~」
グレース様の言葉に、そうだなと笑いながら相槌を打つ公爵閣下。賑やかな家族の会話はシェラルドの屋敷でも見られたものですが、もさもさの髪をせっせと撫でつけるフィンリー様は居心地があまり良くないようです。
「義姉さんのファーストダンスは兄さんですよね。俺、その次を予約しようかな」
「いいいいや、僕らはもうかか帰るから」
フィンリー様が眼鏡を両手で整えてから、私に差し出されたテオ様の手をペイと打ち払いました。
私はまだ、自分がどのような立ち位置で行動し、物を言えばいいのか判断できていません。求められるのは冗談に乗って場を盛り上げること? それとも大人しく一歩下がって控えていることでしょうか?
改めて、具体的なすり合わせが必要ですね。
「一曲くらい踊っていったらいいわ。カーラから、レイラさんのダンスがいかにお上手かってしょっちゅう連絡がくるのよ」
「へぁっ?」
いきなり矛先がこちらへ向いたので、変な声が出てしまいました。フィンリー様も思い当たる節があったのか、「あぁ……」と声を漏らします。
「身体を動かすのだけは得意でしたので……」
実家でも、ダンスについてはデビュタントに合わせて先生をお迎えし、たくさん練習しました。その後は独学で練習していたのですが、それがここで注目されるとは。
へへ、と誤魔化すように笑うと、全員の視線がフィンリー様へ向きました。まさか踊らないとは言わないよな、という心の声が聞こえてきそうです。
フィンリー様は諦めたように息をついて、私へ手を差し出しました。白い手袋に包まれた彼の手へ自分の左手を重ねると、ちょうど国王陛下と王妃殿下のダンスが終わるところでした。
何組もの男女がフロアの中心へ向かい、私もフィンリー様に誘われるまま歩を進めます。
「リ、リードは得意ではありませんが、がが頑張って合わせますから」
「はい」
自由に踊って良い、と受け取っていいのですよね。
猫背のフィンリー様のホールドは、必要以上に身体を離すことで頭がぶつかるのを回避しているようです。でも確かに、そうですね、これではリードなど期待できないでしょう。
転ばないように細心の注意を払いつつ、曲の始まりに合わせてステップを踏みます。
「あら……?」
ターンで気づきました。フィンリー様の手足は思っていたよりもすらりと長いようです。身体は相も変わらず少し離れているのに、彼の右手はしっかりと私の背を支えていました。
視線は下を向いているものの、足元を見ているわけではありません。それでも足の運びに不安は感じられませんでした。
「どどどどうかしましたか」
「ダンス、お上手ではないですか」
「えっ」
ひゅっと肩をすぼませたフィンリー様が、勢い余ってステップを踏み間違えました。私はあるはずのない場所に置かれたフィンリー様の足を踏んでしまい、ふたりで大慌てです。
「すっ、すみません」
「こちらこそ、突然おかしなことを言ってしまって申し訳ありません」
周囲の嘲笑が聞こえてくるのと、曲が終わるのはほとんど同時でした。私とフィンリー様はそそくさとフロアの中心を離れ、目立たない隅へと逃げだしたのです。