Last Mission.狼になろう_02
『――前略。休暇はどうです? 義姉さんを餌付けできていますか?』
「餌付けってなんです?」
「これです」
早速手紙から顔を上げた私の口に、フィンリー様が一口サイズの焼き菓子を放り込みました。薄い生地は口に入れた瞬間に割れて、中のクリームが口いっぱいにひろがりました。
「わ! カリっ、トロっ、なんですけど!」
「カンノーロです。お気に召しましたか?」
「はい! あっ、これ中にリンゴが、あ、いえ、ブドウも」
凄いです、クリームには小さくカットしたフルーツが入っています。おかげで甘くなりすぎず、たくさん食べられそう。
「おっと、クリームが」
フィンリー様が手を伸ばして、私の口元についてしまったクリームを拭ってくれました。その指先を、彼はそのままご自分の口へ運びます。
「ちょ、フィンリー様っ」
「ああ、美味いな」
指を舐めるフィンリー様の舌は、私には刺激が強すぎるんですってば。慌てて視線を逸らしつつも、恥ずかしがっていることが恥ずかしいという悪循環。
「続き読みましょ」
どうにか平静を装って、お手紙をヒラヒラと振りました。
その脇でマチルダが新たなデザートをテーブルに並べています。クリスタルの器に紫色をした不思議な何かが。うう、気になりますが今はお手紙が先です。
『報告することがたくさんあるんだ。まずはシェラルドかな? 架空の名義でスポンサーにつくなんて、ほんとよくやるよ。兄さんの計算どおりうまくいってます。弟くんはきっといい領主になるし、例の銀細工師との話し合いも順調……シャーロット嬢もまぁ、うん。でも元気にやってるみたいですよ』
フィンリー様がほんの少し心配そうなお顔で私の手を握ってくださいました。
やはりイナカですから、お姉様が夜に異性と密会していたなんて噂はあっという間に広まってしまうもの。すぐに婚約が解消されました。加えて、ベイラールを侮辱したとしてシェラルド男爵家からも勘当となっています。
「ほかに選択肢を思いつければよかったんだが」
「いいえ。姉に働き口や住むところをご紹介くださったうえに、様子も見ていただいて。ありがとうございます」
鉱山開発が軌道に乗れば陞爵も間違いないだろうと考えられています。一方で、姉の存在はシェラルドの足を引っ張りかねない。そのため縁を切ってしまうのが最も適当だと判断されたのでした。
私は小さく首を横に振って、再び手紙の続きを促します。
『俺にも報告できることがあるんです。なんと、アベルヴェニー侯爵のご息女リリアン嬢との婚約が決まりました! 義姉さんも綺麗だけど、リリアン嬢はふわっと笑うのがすごく可愛くてさ……』
わー! 絶対、王子殿下のお誕生日パーティーでテオ様とお喋りしていたご令嬢ですよ。わかります。こう、お花が咲くみたいに笑ってましたもの。
フィンリー様は、すごいすごいと喜ぶ私を流し見て口元に笑みを浮かべました。
「ん? また私の顔になにかついてますか?」
「いや、テオはわかってないなと思って」
「へ?」
首を傾げる私に、彼は新たに運ばれきたデザートをスプーンで掬い取って差し出しました。
口を開けて謎のデザートを迎え入れた私が、まず最初に驚いたのがその冷たさ。次いで、あっという間に消えてなくなる触感でした。口の中にラズベリーの甘酸っぱい後味だけが残ります。
「な、なんですかこれ……冷たい、おいしい……!」
私の質問には答えず、フィンリー様は次から次に冷たい何かを私の口へ運び続けます。なるほどこれが餌付け……! 最高……!
「んっ」
差し出されるままに頂いていると、まるで氷の世界にいるみたいに背中がゾクゾクっとして、身体が一瞬だけプルっと震えました。まさか真夏に冬の気分が味わえるなんて。
フィンリー様はスプーンを置き、私の手は握ったままで私の頬を撫でました。
「寒いか?」
「ふふ、大丈夫です。ありがとうございます」
フィンリー様の手があったかくて、甘えるようにその大きな手に頬をすり寄せます。そのまま手紙の続きを。
『そしてもうひとつ、大ニュース。義母上がご懐妊だそうです。妹。ぜったい妹だと思う。俺の勘は当たるからね。兄さんと義姉さんが帰って来るころには、家族がひとり増えてるってことですよ。あれ、もしかして兄さんも3人で帰ってきたりして?』
ふたりで同時に顔をあげました。
だけどフィンリー様の顔はまともに見ることができなくて……。
こっそり盗み見たフィンリー様の耳も赤くて、私は一層じっとしていられません。
もじもじしていると、彼に握られていた手が持ち上げられました。見れば、フィンリー様がいつもよりずっと熱のこもった目で見つめています。
私の指先に近づく彼の唇。キスを予感して指先から目を離せずにいる私。
「なっ――」
柔らかくて温かな感触に包まれる私の小指。
え? いやそれ食べ物ではないのですけど!
「あっ」
私の右手の小指はフィンリー様のお口の中で転がされ、そして歯をたてられました。その微かな刺激が心地よくて、やっぱり指先から目が離せません。
彼の熱っぽい目も、甘噛みする姿も、もう完全に狼のそれです。
「はぁ……、レイラ」
「はい? えっ、フィンリー様っ」
突然立ち上がったフィンリー様が私を抱えあげ、背と膝の裏を支えて横抱きにしました。
「もう限界だ、すまない」
「あのっ、まだお昼なので!」
ずんずんと歩き出して部屋へ戻ろうとするフィンリー様。行き先にはマチルダがいます。
「マチルダ! ちょっと、止めて!」
「……ごゆっくりどうぞ」
マチルダはベッドルームへ入るための扉を開けたまま、ビシっとした姿勢で頭を下げました。
フィンリー様が私を抱えてベッドルームへ入り、扉は私の見ている前で静かに閉じられます。
マチルダ、私の味方じゃなかった……!
――お姫さまは狼騎士さまと結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ。
幼い頃に憧れた甘やかな夢ですが、現実はそうはいきません。
イナカの男爵令嬢は、ワケアリな狼騎士の公爵令息さまと結婚して、食べられてしまいましたとさ。
が、正しかったのです。めでたしめでたし。
完結しましたー!お読みいただきありがとうございました。
みなさんはどちらのタイミングで真実にお気づきになりましたでしょうか。
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また、ふと思い立ったときに二周目を読んでいただいても、きっと楽しんでいただけると思います。
いただいた感想にニコニコさせていただきました。ありがとうございます。
次回も例によって完結確約でお出しできるよう、執筆をすすめております。
ではまた!




