Last Mission.狼になろう_01
フェリクス様の葬儀から、たった二ヶ月しか経っていないのですが……私はいま、他国にいます!
見知らぬ土地のホテル。最上階を借り上げて、部屋から繋がるテラスでティータイムを過ごしているのです。テーブルの上には多種多様なデザートの数々が。ああ、なんて贅沢……。
「フィンリーさま見てください、船が! 金色!」
「はい、見てますよ」
このテラスから見える景色は、右手に海、正面に歴史的な宗教施設、左手には王家所有の宮殿となんとも眼福なのです。見たこともない建築様式の荘厳な建物と、やはり自国とは違う形の船。目に映るもの全てが鮮やかで、これをどのように表現したらいいのか!
自国と違うと言えばドレス。胸の下で切り替えて自然に落とす柔らかなラインが、こちらの社交界で流行し始めているらしいのです。古い時代の彫刻や絵画に表現される衣装を参考にしているとか。
腰を絞れるだけ絞ってスカートを膨らませる自国のものとは大きく違いますね。おかげさまでコルセットが楽……、本当に楽……、たくさん食べられる……!
一方、男性の衣装に大きな違いはないようです。今日のフィンリー様は胸元をあけてクラバットも絞めず、白いシャツとグレーのトラウザーズというリラックス仕様。
「レイラ、これも美味しいですよ」
フィンリー様が桃の乗ったお皿を差し出しました。口の中のイチゴを慌てて飲み込んで、ツヤツヤの桃へフォークを刺します。
感触が……柔らかい……!
とろけるような舌触りと溢れ出す果汁に、「んー!」と歓声をあげるほかありません。
抜けるような青い空、めきめき上がる気温に甘いくだもの。隣には優しくて眩しいフィンリー様の金茶色の瞳。私はこの地に来て、ダメ人間になりつつあります。
「奥様、背すじが」
「はいっ!」
マチルダがいなかったらまず間違いなくダメ人間でした。ついて来てくれて本当によかった。
立ち寄る港の数にもよるかもしれませんが、この国は船で約十日ほどのところにあります。
我が国より少しだけ南に位置し、乾いた風とたっぷりの太陽光が多くの果物を育むのだそうです。
「留学でここへ立ち寄ったとき、もう一度来たいと思っていたのです」
そう笑いながら、フィンリー様は私にイチゴ以外の果物をたくさん食べさせてくださいます。世界にはこんなにもたくさん美味しいものがあるなんて!
「でもこんなに長い休暇、よくとれましたね」
「ダッズベリーの件で、ちょうどいい褒美が思いつかなかったのでしょう。それに、僕の知らないところで次なる王家の刃を探したいのかも」
「いるんでしょうか、そんな人?」
実は、あの眼力王陛下がフィンリー様に一年もの休暇をくださったのです。ご本人はもっと休みたいとおっしゃいますが、王家の刃ですからね。代打がいるならともかく。
フィンリー様は困ったように笑いながら、私の口の中に梨を放り込みました。んっ、これ爽やかな甘さ……!
「え、待ってこれ普通の梨じゃない……」
「コンポートでございます。砂糖水で煮るのです」
マチルダの解説に驚きが隠せません。甘いのと甘いのを掛け合わせてるのにしつこくないなんて。
あまりの美味しさに、頬を落っことしてしまわないよう両手で支えながら瞳を閉じます。
「いるかと言われるとどうでしょう。僕クラスを求めるなら、子供のうちから育てるしかありませんが」
フィンリー様はすでに資料室長を退任しており、休暇が明ければ情報局へ戻ることになります。彼は王室のすべてをご存じですから、陛下は手放せないのだとか。
フォーシル家が直系の子を持たなかったのは、ひとえに情報漏洩を防ぐため。妻子がいればそれだけリスクが高まりますから、禁止されていたのだそうです。
「何はともあれ、婚姻の継続も許していただけて本当によかったです」
「ジジイを怒鳴りつけた甲斐がありますね」
「またジジイだなんて」
最も恐ろしいのは、王家の刃の弱点を盗まれること。具体的には私が誘拐されること、なのだそうです。黒獅子卿を意のままにするとか、情報を引き出すとか、私には使い道があるらしく。
かつて王室はフォーシル家の安全を守るための措置を講じる手間を省き、家族そのものを持つことを禁じてきた。フィンリー様はそれを国の怠慢だと言って陛下と喧嘩したそうです。
なので、王家直轄の護衛をつけてくださるとか、警備費用をくださるとか、私の知らないところで取り決めがあるとかなんとか。はい、よくわかりませんけれど。
「旦那様、本国よりお手紙でございます」
席を離れていたマチルダが、銀のトレイに立派な封書を乗せて戻ってきました。フィンリー様は差出人を確認すると、私の注意を引くように手紙を掲げます。
「テオからです」
「わぁ! 皆さまお変わりないでしょうか?」
「一緒に読みましょうか」
テオ様といえば、ベイラール公爵を継ぐのを辞退なさったのです。領主としての業務を学んだ結果、自分の能力ではベイラールを維持するのが限界で、発展させられないからとおっしゃって。
私からしたら維持できるだけでも特異な才能だと思うのですが……。
私とフィンリー様は身を寄せ合って、丁寧な筆致の手紙を覗き込みました。




