表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/50

Last Mission.狼になろう_01


 フェリクス様の葬儀から、たった二ヶ月しか経っていないのですが……私はいま、他国にいます!

 見知らぬ土地のホテル。最上階を借り上げて、部屋から繋がるテラスでティータイムを過ごしているのです。テーブルの上には多種多様なデザートの数々が。ああ、なんて贅沢……。


「フィンリーさま見てください、船が! 金色!」


「はい、見てますよ」


 このテラスから見える景色は、右手に海、正面に歴史的な宗教施設、左手には王家所有の宮殿となんとも眼福なのです。見たこともない建築様式の荘厳な建物と、やはり自国とは違う形の船。目に映るもの全てが鮮やかで、これをどのように表現したらいいのか!


 自国と違うと言えばドレス。胸の下で切り替えて自然に落とす柔らかなラインが、こちらの社交界で流行し始めているらしいのです。古い時代の彫刻や絵画に表現される衣装を参考にしているとか。


 腰を絞れるだけ絞ってスカートを膨らませる自国のものとは大きく違いますね。おかげさまでコルセットが楽……、本当に楽……、たくさん食べられる……!


 一方、男性の衣装に大きな違いはないようです。今日のフィンリー様は胸元をあけてクラバットも絞めず、白いシャツとグレーのトラウザーズというリラックス仕様。

 

「レイラ、これも美味しいですよ」


 フィンリー様が桃の乗ったお皿を差し出しました。口の中のイチゴを慌てて飲み込んで、ツヤツヤの桃へフォークを刺します。


 感触が……柔らかい……!

 とろけるような舌触りと溢れ出す果汁に、「んー!」と歓声をあげるほかありません。


 抜けるような青い空、めきめき上がる気温に甘いくだもの。隣には優しくて眩しいフィンリー様の金茶色の瞳。私はこの地に来て、ダメ人間になりつつあります。


「奥様、背すじが」


「はいっ!」


 マチルダがいなかったらまず間違いなくダメ人間でした。ついて来てくれて本当によかった。


 立ち寄る港の数にもよるかもしれませんが、この国は船で約十日ほどのところにあります。

 我が国より少しだけ南に位置し、乾いた風とたっぷりの太陽光が多くの果物を育むのだそうです。


留学(グランドツアー)でここへ立ち寄ったとき、もう一度来たいと思っていたのです」


 そう笑いながら、フィンリー様は私にイチゴ以外の果物をたくさん食べさせてくださいます。世界にはこんなにもたくさん美味しいものがあるなんて!


「でもこんなに長い休暇、よくとれましたね」


「ダッズベリーの件で、ちょうどいい褒美が思いつかなかったのでしょう。それに、僕の知らないところで次なる王家の刃を探したいのかも」


「いるんでしょうか、そんな人?」


 実は、あの眼力王陛下がフィンリー様に一年もの休暇をくださったのです。ご本人はもっと休みたいとおっしゃいますが、王家の刃ですからね。代打がいるならともかく。


 フィンリー様は困ったように笑いながら、私の口の中に梨を放り込みました。んっ、これ爽やかな甘さ……!


「え、待ってこれ普通の梨じゃない……」


「コンポートでございます。砂糖水で煮るのです」


 マチルダの解説に驚きが隠せません。甘いのと甘いのを掛け合わせてるのにしつこくないなんて。

 あまりの美味しさに、頬を落っことしてしまわないよう両手で支えながら瞳を閉じます。


「いるかと言われるとどうでしょう。僕クラスを求めるなら、子供のうちから育てるしかありませんが」


 フィンリー様はすでに資料室長を退任しており、休暇が明ければ情報局へ戻ることになります。彼は王室のすべてをご存じですから、陛下は手放せないのだとか。


 フォーシル家が直系の子を持たなかったのは、ひとえに情報漏洩を防ぐため。妻子がいればそれだけリスクが高まりますから、禁止されていたのだそうです。


「何はともあれ、婚姻の継続も許していただけて本当によかったです」


「ジジイを怒鳴りつけた甲斐がありますね」


「またジジイだなんて」


 最も恐ろしいのは、王家の刃の弱点を盗まれること。具体的には私が誘拐されること、なのだそうです。黒獅子卿を意のままにするとか、情報を引き出すとか、私には使い道があるらしく。


 かつて王室はフォーシル家の安全を守るための措置を講じる手間を省き、家族そのものを持つことを禁じてきた。フィンリー様はそれを国の怠慢だと言って陛下と喧嘩したそうです。


 なので、王家直轄の護衛をつけてくださるとか、警備費用をくださるとか、私の知らないところで取り決めがあるとかなんとか。はい、よくわかりませんけれど。


「旦那様、本国よりお手紙でございます」


 席を離れていたマチルダが、銀のトレイに立派な封書を乗せて戻ってきました。フィンリー様は差出人を確認すると、私の注意を引くように手紙を掲げます。


「テオからです」


「わぁ! 皆さまお変わりないでしょうか?」


「一緒に読みましょうか」


 テオ様といえば、ベイラール公爵を継ぐのを辞退なさったのです。領主としての業務を学んだ結果、自分の能力ではベイラールを維持するのが限界で、発展させられないからとおっしゃって。

 私からしたら維持できるだけでも特異な才能だと思うのですが……。


 私とフィンリー様は身を寄せ合って、丁寧な筆致の手紙を覗き込みました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 山盛りフルーツ、贅沢だなあ
[良い点] はぁ~♪ バカンス感が凄い。 癒されるぅ~。 フィンリー様、狼になるんですか?(真顔)
[一言] サブタイトルが狼になろうで頭の中がずっと沸騰してます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ