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Mission11.別れを告げよう_05


 ざわめく人々の中で、何名かの方は我に返ったのか立ち上がって抗議をしています。


「スッ、ストラスタン伯爵は何をしているのかね!」

「ベイラール公爵! ご子息らを止めたまえ!」


 彼らはきっと正義感が強く、いざという時に行動できる方です。覚えておきましょうか。


 名指しされた当の公爵様は腕を組んでそっぽを向いていますが、笑みを隠しきれていません。この父にしてこの子あり、ですね。テオ様はキラキラの目でこちらを見てますし、グレース様は胸の前で両手を組んでいます。


「皆様もご存じの通り、私は夫のある身でありながら、」


 私は芝居じみたセリフを発しながら、フィンリー様から手を離して一歩脇へ避けます。

 一方フィンリー様が丸くなっていた背筋をぐっと真っ直ぐに伸ばし、威風堂々とした様子で聖堂内を見渡すと、人々はまた元の静けさを取り戻りました。


 ドームの採光窓から入った光が、まるでフィンリー様おひとりを包むように照らしています。


「このフォーシル伯爵との熱愛を疑われた……」


 フィンリー様が手袋を外して棺の上へ落とします。誰かが「死者と決闘する気か」と言いだしたせいで、私は思わず笑ってしまいそうになりました。どちらかといえば、ここにいる皆さんへの決闘申し込みですのに。


「とても迷惑な話ですわ。だって私が愛するのはただひとり、」


 フィンリー様が眼鏡をはずして、また棺の上へ。手袋が下敷きとなったため、くぐもった音が聞こえました。

 彼の瞳を見た人が「ひっ」と短い悲鳴をあげたようです。背すじを伸ばし顔を上げた彼のお顔を見るのは、皆さん初めてかしら?


「ここにいるストラスタン伯爵、フィンリー・ベイラール様だけですもの」


 頭に手をやったフィンリー様は、そのもさもさの髪の毛をずりっと引っ張って、やはり棺の上へと放り投げます。


 ダークブラウンの髪をいつも後ろへ撫でつけていたのは、すぐにかつらを被れるようにという効率化の賜物だったというのを最近知りました。

 私はセットしていないほうが好きなので、これからはいろんな髪型を試していただこうと思っているのですけど。


「黒獅子卿……っ!」


 女性の声があがりました。それをきっかけにあちらこちらから声が発せられ、そのうち騒音と言えるほどに騒々しくなります。


「レイラ」


 聖堂内の騒ぎなどお構いなしにフィンリー様がこちらを向き、洗練された仕草で私に手を差し伸べてくださいました。


 一部の隙もなく揃った指先は、もう仮面のフィンリーではないという主張。

 その大きくてごつごつとした手は、武人であることをもう白のシルクで隠さないという証。


「はい」


 動作ひとつにも私への誠意がつまっています。私はその手をとって、また彼のそばへ。


 今度はフィンリー様が口を開く番です。

 私の目を見て、私の指先にキスをして……待ってください、それは台本(シナリオ)にありませんでしたよね?


 身を固くした私にニヤリと笑って、フィンリー様は参列者のほうへと向き直りました。


「フェリクスは死にました。もう、この世のどこにもフェリクス・フォーシルという男は存在しない。だが同時に、あなた方が思い描くフィンリー・ベイラールという男の虚像もなくなったのです」


 全員があっけにとられている中、フィンリー様は右手をそっと背後へやりながらご自身は一歩前へ。私はそのエスコートに身を任せて一歩下がります。


「先ほどどなたか、『決闘か』と言いましたね」


 フィンリー様はそっと腰を屈めて棺に掛かるマントを手に取りました。

 勢いよくめくりあげると、先ほどフィンリー様が()()()手袋や眼鏡、そしてかつらが転がり落ちます。


「レイラ」


 甘やかで低い声が私を呼び、次いでマントが私の肩にかかりました。ふわっと漂ったフィンリー様の香りに、今まで気づかなかった自分を恥じます。


 何が起こるのかとまるで呼吸を忘れたみたいに息をつめて見つめる人々に、フィンリー様は腰の剣を抜いてみせました。無骨なバックソードです。


 ふふ。皆さん、私の衣装ばかり見てフィンリー様が帯剣していることに気づいてもいなかったのですね。


 抜きざまにくるりと剣を回して持ち手を変え、そのまま下へ差し込むようにおろしました。

 剣先は棺に深く突き立てられ、フィンリー様が手を離してもそのままの状態を維持します。


「先代フォーシル伯の愛刀とともに、フェリクスは永遠にこの表舞台から消えます。以上をもって、ストラスタン伯フィンリー・ベイラールからの弔辞を終わりにしましょう」


 私とフィンリー様はその場で紳士・淑女の礼をとったのち、陛下へ簡単なご挨拶を済ませて、大聖堂を出ました。


「みんな口を開けていましたね」


 私たちが完全に出て行くまで、誰も言葉を発することはありませんでした。でも確かに、口は開いていましたね。


 私たちは大笑いしながら来た道を戻ります。

 途中で私が羽織ったマントを差し出すと、彼は慣れた手つきでそれをまといました。


「これから陛下はいろいろと質問攻めに遭うんでしょうね」


「少しくらい問い詰められたほうがいいんですよ、あのジジイは。この結果を勝ち取るのにどれだけ苦労したことか」


「まぁ! ジジイだなんて」


 せっかく大きなくびきから解放されたのに、不敬で叱られたら困ってしまいます。


 私が眉を顰めると、フィンリー様は左手を伸ばして私の頬をそっと撫でました。


「大いなる神を裏切り、封印も解いて本来の姿を取り戻した。これで僕はお嬢さんの狼騎士になれたかな?」


「ずっと前から私にとっては狼騎士さまだわ」


 フィンリー様と出会ったとき諦めたはずのおとぎ話は、フィンリー様の手によって本物よりもずっと素敵に再現されたのです。




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― 新着の感想 ―
[一言] なんと、全部バラしてしまいましたか。 これはビックリ!
[良い点] ああっ! トレードマークのもさもさ髪がっ!
[一言] めでたしめでたし( ˘ω˘ )
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