Mission11.別れを告げよう_04
雲の少ない青い空。穏やかで温かな風は夏が近づいているのを教えてくれます。
フィンリー様がお帰りになってからの数日間、慌ただしくも充実した日々が続きました。彼は忙しいながらも夕方には屋敷へ戻って、夕食を一緒にとるように。食後はふたりで秘密の会議、そんな日々です。
そして今。私とフィンリー様は、馬車を降りて風のそよぐ公園の中を歩いています。太陽の下で彼の髪は一層明るくもさもさして見え、眼鏡は彼の瞳を隠してしまいますけれど。
「私、フィンリー様のその髪の毛、好きですよ」
「えっ……?」
「ほら! そうやって隙間から赤い耳が見えるのとか」
フィンリー様は左手でご自分の髪の毛をくしゃっとして、口をとがらせました。
「からかったらお仕置きだと……。まあ僕も愛着はあります、が、もう偽りたくないので。貴女にね」
こちらを見下ろしたフィンリー様のお顔が日陰になって、眼鏡の奥の瞳が細められたのが見えました。
とても柔らかなその笑顔は、以前のフィンリー様でもフォーシル伯爵でも、見たことのない表情です。リラックスした、私だけに見せてくれる笑顔。
ここブライアット公園墓地は広い敷地に緑豊かな遊歩道が続きますが、一歩内側へ入ると緑の中にお墓が並んでいるのです。木々の合間に目を凝らせば、天使の像がそこかしこにあるのがわかります。
遊歩道の先には大聖堂があり、私は窓からそっと中を覗き込みました。中は薄暗くてわかりづらいですが、席はすっかり埋まっているようです。
「たくさんの方がいらっしゃってますね」
「彼を王家の刃と畏怖をもって呼ぶ人もいれば、王家の犬と蔑む人もいました。しかしそれは、彼が王家と密接な関係であったと理解しているからこそです。ここで彼の死をしのばなければ、下手な勘繰りを呼びますから」
このブライアット大聖堂では、現在フェリクス・フォーシル伯爵の葬儀が執り行われているのです。あの棺の中が空っぽだと知っている人はほとんどいません。
「犬、ですか。黒獅子なのに?」
「僕は狼のつもりでしたけどね?」
「もう、そんなこと思ってないくせに」
フィンリー様は時々こうして、私の好きなおとぎ話「おおかみきしとおひめさま」になぞらえて、私をからかうことがあります。まったく、いじわるな人です。
「さあ行きましょうか」
私は差し出された彼の右腕に手をまわし、挑発的な微笑みを浮かべました。
扉を開けて中に入ると、外と中との明暗差で視界が奪われます。扉が閉まり切るまでの刹那、立ち止まるうちに私の視界も戻りました。そして、参列者の視線が集まっていることに気づくのです。
フィンリー様が足を踏み出し、私もそれについていきます。目が慣れてしまえば、中は十分なほど明るいですね。
ブライアット大聖堂は千年の昔に建設されたものの、歴史的な大火によって焼失。現在の姿となってまだ100年にも満たないとか。
歴史の浅い建物に多いドーム状の屋根がこの聖堂中央にも設けられています。ドームをぐるりと囲む採光窓と、身廊や主祭壇の奥に並ぶステンドグラスとが、聖堂内を穏やかに照らしていました。
「ストラスタン……」
誰かが呟きました。
ええ、私たちがここへ来ることは何もおかしなことではありませんよね。小公爵とその妻が、国のために殉死した伯爵の葬儀へ参列するのはごく当たり前のことです。
「なんであんな飾りを」
誰かが言葉を失ったようです。
そうですね、私の胸元に光るブローチはこの日のために新調したトパーズです。葬儀にこのような宝飾をつけるのは確かにおかしいかもしれません。
「喪服ですらないじゃないか」
大きなため息が聞こえてきました。
まぁ。男性の声でしたのによくお気づきになりましたね。ダークブラウンのデイドレスは形こそシンプルですが、同色の絹糸でたっぷりの刺繍が入っています。シックで美しいのですよ。
人々の隠そうともしない視線の中で、私たちは身廊の先にある棺へとたどり着きました。フェリクス・フォーシル伯爵の遺体が入っているはずの棺です。
光沢のある深い飴色の棺に掛かっているのは、フォーシル伯爵のまとう黒いマントですね。
「ご参列の方ですか」
司祭さまが祈りの書の朗読をやめ、祭壇上からこちらへ視線を投げかけました。
私たちは何も言わずに紳士・淑女の礼をとり、棺の向こうへと回り込んで聖堂内を見渡せる位置へと向かいます。背後で司祭さまが壇上から降りた気配が。
最前列の国王陛下は目を伏せ、何もおっしゃいません。ああ、よかった! 目を伏せてくださらなかったら、あの眼力ですくんでしまいそうですもの。
私は相対する参列者の皆様へ向けて、改めて淑女の礼をとります。私の隣ではフィンリー様が同じく紳士の礼を。
深く深く膝を折ったその姿勢を、かなり長い時間かけて。それは、もしかしたら目の前に置かれたこの棺に対する礼だったかもしれません。
「皆様、本日は……フォーシル伯フェリクスの葬儀にご参列いただきありがとうございます」
私が口を開くと、これまで息を飲んで見守っていた方々も一斉に驚きの声をあげました。
それはそうでしょう、表向きには無関係の私が感謝の言葉を発するだなんて。それは不倫を認め、正当化しているようにも見えるかもしれませんね。




