Mission11.別れを告げよう_03
私とフィンリー様の部屋を繋ぐ扉から顔を出していたのは、オーブリーでした。両手で顔を覆っているのに、指先は開ききっていて目を隠す気がありません。
「オーブリー……」
「開けっ放しだった主のミスですからねっ。このオーブリー、ずっと息を潜めて見守ることもできるのですよ!」
顎をぐっと上げて腕を組んだオーブリーに、フィンリー様は諦めたようにため息をつきました。
「そうだな。で、なんの用だ」
「ひゃーっ! なんの用っ。なんの用とおっしゃったっ! いいですか、主。ワタシはこれから主の密命を遂行すべく、大切なたーいせつな客人をお送りするんですからねっ」
私には二人の会話が何を指しているのかまるでわかりません。ただ、オーブリーがフィンリー様にとって、右腕とも言える存在だということは十分に承知しているつもりです。
つまりこれはお仕事の話で、あまり聞き耳をたてるのはよくないわけで……。
「ああ、トビアスにもよろしく伝えておいてくれ」
「トビアス?」
あああああ。聞き耳をたてないどころか、口を出してしまったんですが。
いえ、でもトビアスって、まさかトビアス・ダッズベリーではないですよね? だって彼、遺体で見つかったって。
あれ、でも同じく遺体で見つかったって聞いたフィンリー様はここにいるわけで。
「わー! ストラスタン伯爵夫人、今夜もお綺麗ですねーっ」
「いいから行け」
「こわーい!」
一体どこからどう消えたのか、忽然とオーブリーの気配が消えました。フィンリー様のお部屋の中まで覗きましたが、窓も開いていないのにやっぱりいません。
「煙みたいに消えちゃいましたね」
フィンリー様のお部屋をチラチラ振り返りながら、また元いた場所へ戻ります。
「オーブリーの今回の仕事は、トビアス・ダッズベリーを隣国へ連れ出すこと。そして向こうでの生活の基盤を作ってくることです」
「ああ。やっぱり彼も生きてたんですね、よかった」
「よかった? 銃を突き付けられたのに?」
「でも私は生きてますし。彼が誰かを殺したわけでもありませんよね?」
私の言葉にフィンリー様は首を傾げ、そして笑いだしました。そんな笑われるようなことは言ってないと断言できますけど!
なんならかなり理性的なこと言いましたよね、私。
「アハハハ、ああ、笑ったな。本当にお嬢さんは頭が平和だ」
「えっ、それ馬鹿にしてます?」
「褒めてるんですよ。こういう仕事をしてると心まで殺伐としますから。そうやって呑気にしてるのを見るのは癒されます」
「やっぱ馬鹿にしてますよね……まぁいいけど」
頬を膨らませた私に、フィンリー様はもうひと笑いしました。こんなに楽しそうに笑うのは初めて見たかもしれません。それが嬉しくて、私も一緒に笑います。
ひとしきり笑い合ったところで、フィンリー様がゆっくりと口をひらきました。
「トビアス・ダッズベリーの話でしたね。彼とは取引をしました。ダッズベリー家の犯罪の証拠と、彼の命と」
そういえば聞いたことがあります。罪を犯した人が情報を提供することを条件に、有利に取り扱うことがあると。
「ダッズベリー侯爵は背信の証拠があって捕縛したと」
「そう、それをトビアスが提供した。国を救ったとも言えます。彼自身はつまらない小悪党で、親のすることに怖じ気づいたようですよ」
それで国外へ逃がしたということ、なのでしょうね。フィンリー様はずっとこんな難しい仕事をしていらっしゃったのかと思うと、もう本当に尊敬の念に堪えません。
ですが。
「あれ、じゃあパーティーでの事件って」
「演技ですね」
「ええっ! もう……たくさん心配したのに……。え、待ってください。私、トビアス様の腕かなり深く刺したと思うのですけど」
「事情を知らない人間が何をするかはわからないと伝えてあるのでそれは問題ありません……そもそも人質に君を選んだトビアスが悪い。僕もあのあと、本気で殴ってやりました」
人生で初めてかもしれないくらい、とっても大きなため息が漏れました。
この感情を言葉で言い表すことはできません。安堵と怒りと不安と不満と、でもちょっと面白いと思ってしまったり。
「あれが演技だったなんて」
「演技といえば、実は貴女にもこれから重大な役が待ってるんです。期待しています、レイラさん」
「へっ……?」
その後、私とフィンリー様は諸々の後片付けについて話をしました。
多くはフィンリー様がやるべきことで、まだまだしばらくはお忙しそうです。例えばダッズベリー侯爵家とその周囲の対応なんて特に大変ですよね。今までフィンリー様、それに国王陛下が懸念していた「貴族間のパワーバランス」が想定していたのとは違う形で崩れたわけですし。
「ダッズベリー侯爵領もひとまずは王室の所有となりますが、どうなるやらですね。ですから、早々にシェラルドを大きくしたい。鉱山を狙う次のダッズベリーが生まれる前に。そこで――」
話の途中で、グゥ、と私のお腹が大きな声で鳴きました。言葉を切って、顔を見合わせます。
みるみるうちに頬に熱が集まるのがわかりました。
「ごっ、ごめんなさい。あの、今日は食事をしてなかったから……」
「今夜はここまでにしましょうか。やるべきことも話し合うことも多すぎて今日だけではこなせないし……」
フィンリー様が席を立ち、私の横へと座り直しました。
夫婦でありながら、ふたりきりの部屋でこの距離で座るのは初めてなので、その。
「フィンリー様……?」
「まずは食事、ですね」
そう言って私の額にキスをして、侍従を呼ぶためのベルを鳴らしました。
明日2話、明後日に2話投稿し、完結となる予定です。
最後までどうぞお楽しみいただければと思います。




