Mission11.別れを告げよう_02
部屋へ入って来たのはカーラでした。手をつないだまま、フィンリー様のお部屋から二人で出て来た私たちに、満面の笑みを向けます。
「あらあらあらあらー。あっ! そうそうそう、坊ちゃま、こちらが頼まれてたものでございます」
「ぼ、ぼぼ坊ちゃまはやめ――」
「では失礼しますー。ふふふふふ」
カーラが差し出したのは何らかの書類でした。ちらりと見えたそれには、人名が記載されているようです。
「あの、それは……?」
「そうですね……ひとまず座ってください」
そう言って先ほどまで座っていたソファーに向かい合って座り、フィンリー様は眼鏡をかけました。
カーラだったからよかったものの、他の侍従が眼鏡のないフィンリー様をご覧になったらびっくりしてしまいますものね。あまりに端正なお顔で。
イチゴのお皿を少しずらして、紙を広げます。それをよくよく見てみれば、若いメイドを中心にストラスタン邸で働く複数人の名前がありました。
「この屋敷の、侍従ですね」
「いいえ。これはフェリクス・フォーシル死亡の報に触れ貴女が悲しみを露にした際、陰口を叩いたりいらぬ噂をたてたりした人物のリストです」
「な……るほど?」
少なからず陰口を叩いた人物がいるのはわかっています。もう少し前、フィンリー様がずっとお帰りにならなかったときにも、「捨てられたのだ」といった内容の軽口があったみたいですし。
フィンリー様はしばらく私の様子を眺めていたようですが、話の着地点がまるでわかっていない私にゆっくり説明してくださいました。
「主人、女主人のプライバシーを自分たちの話のタネにするような人間を、雇うことはできません。ですから暇を」
「そっ、それはそうですが、暇までは。それにフィンリー様とフォーシル伯爵の真実を知らない人が見れば、私の態度は許されるものではなかったでしょう」
「どんな内容であれ、主人を愚弄することは許されません。とはいえ、今までフィンリーという人間を悪く言われていてもそのままにしていた僕の責任は大きいでしょう。紹介状は準備させる予定です」
そうですよねと頷いて、まだお皿に残っていたイチゴをひとつ口の中へ放り込みました。
確かに、フィンリー様のお屋敷で働いていながら、フィンリー様の悪口を言ってたら腹が立ちます。本当のフィンリー様を知らないくせに、と。
「……いま、女主人って言いました? 私のことですか?」
「もちろんです。貴女以外に誰が?」
さらにもうひとつ口に放り込んだイチゴはとびっきり甘くて、私は頬を押さえてへへっと笑いました。
これからずっと、私はフィンリー様の構えるお屋敷の女主人なのです。右も左もわからない国の女子爵ではなくて。
「さあ、これから忙しくなりますよ。シェラルドの鉱山にダッズベリーの後片付け、そしてフェリクス・フォーシルの後始末もありますからね」
「そう言えば、フィンリー様はプルーネル川へ落ちたと聞きましたけど、その情報は誤りだったのですね? 怪我の一つもしてらっしゃらないし」
「ああ……それ実はカラクリがあるんです」
いたずらっ子のように片目をつぶったフィンリー様は、確かにテオ様のお兄様だと納得してしまう表情でした。
「それは一体?」
首を傾げてどういうことかと問いましたが答えてくれません。業務上の機密事項でしょうか。
むぅ。私はとってもとっても、死ぬほど心配したというのになんだか納得がいきません。とはいえ、お仕事についてあまりしつこく聞くわけにもいきませんし。
なんだかスッキリしない気持ちで、イチゴをまたひとつフォークで刺しました。
「フィンリー様、召し上がりますか?」
イチゴをフィンリー様の口元まで運びます。フィンリー様は耳をほんのり赤くして、戸惑った表情を浮かべました。
「それは、酸っぱい?」
「んー。いえ、甘いですね」
フイっと手を引いて、イチゴは私の口の中へ。フィンリー様の面食らったお顔がとっても可愛くて、私のちっぽけなモヤモヤはすっかり晴れてしまいました。
ふふ、これくらいのイタズラくらい許してもらわないと。
「では、それは?」
お皿の上のイチゴはもう最後のひとつとなっています。フォークで刺して、再びフィンリー様の方へ差し出しました。ただし、今度はフォークの持ち手をフィンリー様へ向けています。
「たぶん酸っぱいので、どうぞ」
フィンリー様の手がゆっくり持ち上がりました。しかしこちらへ伸びたその手は、フォークではなくその先の私の手を取ります。
私の指先からフォークが転がり落ちて、カラリと音を立てました。
「……えっ?」
フィンリー様に掴まれた左手はそのまま強く引っ張られて、私の体が前のめりに。右手をテーブルについて支えたとき、彼の左手が私の顎に触れました。
「からかったお仕置きです」
言い終わらないうちに彼の唇が私の口へ重なりました。吐息が触れ、そして柔らかい感触が。
それだけに留まらず彼の舌が私の唇を割ろうとして――。
「キャー! あるじのえっちーっ」
男性の裏声が部屋に響き渡りました。




