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Mission10.家に帰ろう_03


 屋敷へ戻ると侍従たちに押しつぶされそうになりました。いえ、無事であったことを喜んでくれたのはとても嬉しいのですけれど。


 テオ様は私を送るとすぐに公爵邸へとお戻りになりました。続報が入り次第すぐに知らせるから、とのことです。


 ストラスタン邸のエントランスを出たのはほんの数時間前のことなのに、すごく久しぶりな気がします。

 元々着ていた、ぼろぼろになったドレスを広げて顔を青くしたカーラがこちらへやって来ました。


「ああ、こんなひどい目に……!」


「ほとんどはかすり傷だから大丈夫よ」


「坊ちゃまは一体どこをほっつき歩いてるんでしょう! ああもう!」


「大丈夫よ、カーラ。フィンリー様はすぐに帰っていらっしゃるわ」


 カーラはお顔を青くしたり赤くしたり忙しいけれど、多少は気が紛れる効果があったように思います。


 少し疲れたので休むと伝え、私室へ。

 マチルダは外出していると聞きました。彼女は主たるフィンリー様を探しに行ったでしょうか?


 そうであってほしいと願いながら入った部屋はなんだか寒々しくて。クマのフィーノを抱き締めながら、フィンリー様のお部屋に通じるドアに寄りかかり、そしてしゃがみ込みました。


 ――フォーシル伯爵とトビアスは、城の裏手からプルーネル川へ揉み合いになったまま落ちた。


 公爵様の声がずっと耳にこびりついて離れません。

 どうしてあの時、「行って」なんて言ってしまったのでしょう。ここにいてと、そう言っていれば。


 フィーノをぎゅっとしていると、一緒にお祭りに行った日のことを思い出します。甘いのが苦手だと知ったのはこの時でした。照れると耳が赤くなるのも。


「今思えば、ぜんぶフォーシル伯爵と一緒だったわ。ね、フィーノ?」


 どれくらいそうしていたでしょうか。

 お尻が冷えてきたことに気づいて、ドアノブを支えにしながら立ち上がります。

 そこで目がいったのが、ドアの隙間でした。普段なら決して気にすることのなかったそこに、吸い込まれるように視線が向かったのです。


「鍵が……開いてる?」


 フィーノをベッドに放り投げて、改めて隙間を覗き込みました。確かに、私の部屋から施錠するものとフィンリー様の部屋から施錠するものとふたつある鍵のうち、一方が開いていました。


 そしてそれは、フィンリー様のお部屋側のものだったのです。


 いつから開いていたのでしょうか。フィンリー様はもうずっと帰っていらっしゃらないはずです。いえ、私が眠ってしまってから戻っていらっしゃることはあったようですけれど。


 唾を飲み下す音が静かな部屋に響いたような気がしました。こちらの鍵を開けようと伸ばした指は震えています。


 カチ、という小さな金属音に心臓が跳ねました。ゆっくりゆっくり、ドアを押し開けます。


 きっちり整頓された部屋。

 一瞬、フィンリー様がいらっしゃるような気がして室内をぐるりと見まわしました。そして、その気配の原因が書き物机の上にあると気付きます。


 やはり綺麗に並べられたそれは……白い手袋、黒縁の眼鏡、明るい栗色のもさもさしたかつらです。フィンリー様をフィンリー様たらしめていたものの一部。


 私が知っていたフィンリー様が作られたものであったと、思い知らされた気分です。


 その雑貨の下に、大きな封書が一通ありました。宛名には私の名前。


 息が苦しくて、何度も何度も深呼吸を繰り返しました。

 これを見てはいけないと、私の中の私が叫びます。一方で、見なければいけないと、また別の私が囁きます。


 手の震えはさらに酷くなりました。どうにか封書を手に取って、引っ繰り返すようにして中のものをバサバサと机上へ出します。


 金額の書かれていない、誰とも知らない名義の小切手。他国の土地権利証、同国の王の名によって発せられた子爵位の勅許状には、見知らぬ女性の名前が。


 そして……「夫婦契約の終わりに係る覚書」。


 息をするのも忘れて、その覚書の内容を何度も何度も読み返しました。


 簡単に言えば「レイラ・ベイラール」は不慮の事故で死ぬ、ということです。そして私は隣国で新たな身分を得て、新たな人間として生きていく。公爵家の財産をテオ様に全て譲るための措置でしょう。


 代わりに、私には隣国の爵位と土地と、好きなだけのお金をくれるのだと。

 死ぬのは簡単です。この覚書にサインをして、マチルダかオーブリーに渡せば良いのだとか。出国の手続きも全て彼らがやってくれると、そう書いてあります。


 もちろん、フィンリー様のサインはすでに入っています。

 彼は、自身がいつ死んでもいいようにこれを最初から準備していたに相違ありません。


 ヒッヒッヒと、肺が空気を求めて激しく動きます。私の目も鼻も、もうぐちゃぐちゃで、苦しくて、苦しくて。


 公爵家の財産なんていりません。レイラ・ベイラールという存在が邪魔であれば、いくらだって死んでみせます。


 だからこの書類を、フィンリー様が取りに来てほしい。


 フィンリー・ベイラールがベイラールの名を捨てる時、私もまたベイラールを捨てますから。だから、お願い、死んでいないで……!




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― 新着の感想 ―
[一言] それは違うでしょぉ、フィンリーさんよお!
[良い点] おお、フィンリー……。 無事でいてくれ……。
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