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Mission10.家に帰ろう_02


 テオ様に半ば引きずられるように、私はベイラール公爵邸にやって来ました。


 黒獅子卿がお戻りになるのを待ちたかったのですが、「安全なところにお連れしないと俺が怒られてしまいます」と。

 それに、今回の事件についての最新情報は公爵邸のほうが、早く正確に入ってくるだろうとおっしゃったためです。


 城で起きたことはすでに公爵様のお耳に入っていたらしく、屋敷には医師が待機していました。


 背中の打ち身や、転倒した際にできた擦り傷に響かないような、ゆったりしたドレスをグレース様が貸してくださいました。裾や胸部にとくにゆとりがありますが、それは気付かなかったことに。


 着替えと診察を終えると、応接室へ案内されました。公爵夫妻、そしてテオ様がいらっしゃいます。

 席に着くなりホットチョコレートをご用意いただき、その甘い香りに少しずつ気持ちが落ち着いていくようでした。


 公爵様は疲れた笑みを浮かべながら息をつきました。


「ああ……無事でよかった」


「兄さんはどこにいるんです? こんなことがあって帰って来ないわけないですよねぇ。ってかフォーシル伯爵は何者なんだ、あいつのせいで義姉さんが狙われた!」


 テオ様は珍しく苛立たし気な声を発し、テーブルの上のカップを睨みつけます。


「フォーシル伯爵がフィンリー様です。そうですよね、公爵様?」


「は?」


 テオ様とグレース様が目をまん丸にして、公爵様の様子を伺うように息を詰めました。公爵様は弱々しく頷かれます。


「そう、それこそがベイラールが王家の守護者と言われる所以だった。今その事実を知る人間はほとんどいないがね。同時に、それこそがベイラールの呪いの正体だ」


 ベイラールの呪い。

 私は以前テオ様から聞かされたお話を思い出します。


 ベイラールの男子は一定の年齢で亡くなる。だから必ず男児をふたりもうけるようにと。


「フォーシル伯爵家は、ベイラールの死んだはずの男子が継いでいたという認識で合っていますか?」


「ああ、そうだ。先代はわたしの弟だね。慣例どおりなら次男がフォーシルに入るんだが、アリス……フィンリーとテオの母親の葬儀で、フィンリーはその才能を陛下に見出されてね」


 公爵様のお話によると、墓地での葬送を終え会葬者を招いての食事となった際のこと。フィンリー様は誰に気付かれることもなく陛下の背後をとって、その場にいた全員を驚かせたのだそうです。


 陛下の背後に突然現れるなど、公爵家の逆心を疑われても仕方のないこと。本来であればそれなりの処罰が下されるところを、近衛でさえ気づかなかったことにいたく感心されて、お咎めなしとなったのだとか。

 ただし、フィンリー様がフォーシル家へ入ることを条件として。


「子供と言うのは、なんでもないことで死んでしまうから。テオがある程度大きくなるまで、フィンリーは小公爵とフォーシル伯爵とのふたつの顔を持つことになったんだ」


「なんだよそれ。だから俺に領主の仕事やらせてたんですか? 兄さんはいずれいなくなるって?」


「そうだ、近々死ぬ予定だった。表向きにはね」


 ホットチョコレートは、いつもならぬるくなるほど甘みを強く感じるのに、今日はまるで味がしません。


 お母様のアリス様が亡くなったとき、フィンリー様はまだ5つか6つの小さな子供だったはずです。それからずっと、全く違うふたりの人生を生きてきただなんて、どれだけの苦労があったことでしょうか。


「本当だったら俺が……」


 そう呟いたきり、テオ様は黙りこくってしまいました。

 今日まで何も知らずにいたんですもの、ショックは大きいでしょうね。私にはかける言葉が見つかりません。


 ずっと静かに私たちの話を聞いていたグレース様が、一つ一つ言葉を選ぶようにして公爵様へ問いかけました。


「フィンリーさんは、死ぬ予定があったのにレイラさんと結婚なさったの?」


「それは彼の仕事に関わることで、わたしは真実を知り得ない」


 公爵様はそこで言葉を切り、私の目を真っ直ぐに見つめました。


「だからこそ、わたしは君をベイラールの嫁として大切にするつもりだ。フィンリーが状況を変えるそのときまでね」


 フィンリー・ベイラールとしての生を終わらせる予定があったのに、彼は私と結婚した。それはつまり「小公爵の妻という立場に憧れる女性の相手をしたくない」というのは建前だった、ということですよね。

 だってもうすぐ死ぬのなら、これまで通り無視していればよかったんですもの。


 私と結婚する理由が、他にあったんですね。とするならば、やはり鉱山でしょうか……。


 そう考えていたところ、公爵家の執事が慌てた様子で応接室へ入ってきました。真っ直ぐ公爵様の元へ向かい、何事か耳打ちしています。


 何度か相槌をうっていた公爵様ですが、執事が姿勢を正すと同時に勢いよく席を立たれました。


「トビアス・ダッズベリーが発見されたそうだ。わたしは城に戻る。テオはレイラさんをストラスタンの屋敷まで送りなさい」


「発見って? 兄さんは?」


 公爵様は唇をぎゅっと噛んで悩んだ様子を見せましたが、すぐに顔をあげ私とテオ様へ交互に視線を投げかけました。


「フォーシル伯爵とトビアスは、城の裏手からプルーネル川へ揉み合いになったまま落ちた。トビアスは遺体で発見されたそうだ」


 目の前が真っ白になる、というのがどういうことかわかりました。自分の体を真っ直ぐに保つのが難しくて、慌ててテーブルのふちを掴みます。


 落ちた? プルーネル川は王都を横断する大きな川ですが、城は小さな丘の上に建っているんです。そこから落ちればどうなるかなど、成人前の子供だってわかります。


「フィン、フィンリー様は……?」


「君は、屋敷へもどりなさい。フィンリーの帰る場所はそこなんだから。こちらも、何かわかり次第すぐに連絡しよう」


 公爵様はそれだけ言って、部屋を出て行かれました。

 



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― 新着の感想 ―
[気になる点] い……生きてますよ…ね?
[良い点] >裾や胸部にとくにゆとりがありますが、それは気付かなかったことに。 それでこそうにさんヒロインや!
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