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Mission9.おとぎ話を思いだそう_04


 会場内がざわついたのが肌で感じられます。垂れ目さんもじりじりとその場を離れ、お友達のところへと戻られました。


 いかにスキャンダルを気にしないからと言って、わざわざ近づいてくる必要もないでしょうに。

 困惑しつつも、ここで黒獅子卿を避けたところで時すでに遅しですし、なんならわざとらしく見えてしまうかもしれません。


 私は淑女の礼をとって、さも当然のようにご挨拶をします。


「ご健勝のようでなによりです」


 黒獅子卿の視線が私の胸元へと注がれました。ああ隠したい、このトパーズ!

 彼はトパーズ色の瞳を細めて左手を胸にあて、右手で私の手をとりました。日常的に剣を持つ人の、固い手触りです。


「お嬢さん、わたしは貴女と貴女の愛するこの地を守ると誓いましょう」


「えっ……」


 絶句とは、このことを言うのでしょうか。私の大好きなおとぎ話「おおかみきしとおひめさま」を基にした演劇の台詞のひとつ。狼騎士がお嬢さんに忠誠を誓うシーンです。


 事態が飲み込めないうちに、黒獅子卿は私の指先にキスをしてしまいました。周囲のざわつきが一層大きくなります。


 まずいまずいまずいですよ!

 慌てて引っ張り抜こうとした手を、彼はいともたやすく掴んで離しません。


「冗談はやめ――」


「俺に、聞きたいことがあるのでは?」


 私にだけ聞こえる声量で、彼が囁きました。


 それは、そうです。

 なぜ、シェラルドの鉱山を偵察に来たのを黙っていたのか。

 なぜ、女性用の狩猟ベルトやナイフをあらかじめ用意していたのか。

 なぜ、今こうして私にちょっかいを出すのか、何が目的なのか。


「いいえ……いえ、はい、そうね」


 私が微かに頷くと、黒獅子卿はよくできましたとでも言うように微笑みます。


「俺に、貴女のダンスパートナーを務める幸運を」


「……ええ、いいわ」


 習っておいてよかった、ベイラールスマイル!

 鍛えておいてよかった、何事にも動じない強靭な心と冷静さ!


 まるでタイミングを計ったかのように、王子殿下のダンスが終わるところでした。

 黒獅子卿は掴んでいた私の右手を自分の右腕に導き、ホールの真ん中へと歩き出します。


 聖人が海を割ったように、私たちの前に立ちふさがる人の壁が一歩進むごとに分かたれていきました。


 途中で見えたテオ様は困り切った顔。あとでフィンリー様になんと言おうか悩んでいるのでしょうか。私も、あとで一緒に悩みたいと思います。


 姿勢のいい黒獅子卿のホールドは、フィンリー様と踊ったときのように不自然に離れてはおらず、心地いい距離感でした。私の右手は包み込まれるように、そして背は力強く、支えられています。


 楽隊によるワルツが始まり、まずはナチュラルスピンターンからリバースターン、そして箒で掃くように(ウィスク)


「あのナイフとベルトは……」


「あれは貴女のために用意した。護身としてのナイフの扱いに長けていると聞いたからね」


 曲が進むごとにステップが複雑になりますが、彼のリードが上手すぎて迷うことなく足を踏み出せました。


 ただ、踊り始めてからずっと気になることがあります。私の気のせいでしょうか、でも。

 浮かんだ疑念を頭の隅に追いやって、もうひとつ大事なことを質問します。


「どうしてシェラルドでは初めて来たような態度を?」


「それもご存じだったとは。鉱脈の規模について調べたんだ、鉱山は貴族間のパワーバランスを簡単に引っ繰り返すからな。だが奇病の調査とは関係のないことだし、言う必要もないと思っていた。そもそも言う許可もおりてなかったしな」


 くるっとまわってランニングスピンターン。もう曲が終わろうとしています。


「今は許可が?」


「いや、狼騎士はいつまでも『大いなる神様』の言いなりではないってことだ」


 ランニングフィニッシュ、そして最後にナチュラルターン。

 曲の終わりに小さく礼をとってホールの中心から外へと()けます。


「どういう意味です?」


「いずれわかる」


 ホールの隅まで導かれたところで手が離れ、彼はあっという間に姿を消してしまいました。というより、女性たちに囲まれてしまいました。


 混乱しているせいで、意図的に無視する必要さえないほどに周囲の視線もざわめきも気になりません。

 私はそっとホールを出て、通りかかった従者に休憩室へ案内してもらいました。休憩室付きのメイドが淹れてくれたお茶を一口いただくと、少し落ち着いた気がします。


 黒獅子卿の言葉がどこまで本当かはわからないし、彼の行動、言動の意図もわかりません。

 ただ彼がおとぎ話になぞらえたのは、私が以前その話をしたからでしょう。


 主人公たるお嬢さんは平和を愛し、花の咲き誇る地で暮らしていました。争いごとが大好きな神様は、彼を止め得る力を持つお嬢さんを見張るために狼騎士を遣わしたのです。

 お嬢さんは狼騎士と愛し合っていたけれど、世界を守るために一度は捨てた強い力を取り戻すことを決めます。大いなる神の手の中にある、狼騎士を置き去りにして。


 力を取り戻すための旅は、神の妨害によって一方通行となりました。元居た場所に戻れなくなったお嬢さんを迎えに行ったのは、神を裏切りお嬢さんへの愛と忠誠を貫いた狼騎士です。


 では、黒獅子卿にとっての「大いなる神」は誰でしょう?

 いずれわかるとは、どういう意味でしょう?


 そしてもうひとつ。


 なぜ、背を支える彼の手が、フィンリー様と同じだったのでしょう?


 私はフィンリー様が好きです。

 彼との初めてのダンスを、彼の手を、忘れるはずがありません。焦がれすぎて勘違いをしているわけではないと、思うのです。




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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、つまりそういうことですね、うんうん。
[良い点] フィンリーと黒獅子の手が同じ……? これはやっぱり……。 おっと。 これ以上喋るとうにさんから、「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」なんて言われて消されてしまうw
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