Mission9.おとぎ話を思いだそう_02
公爵家の馬車に、テオ様とふたりで揺られています。
実はこれから、王子殿下のお誕生日パーティーに向かうのです。
テオ様と一緒にお母様のお墓へご挨拶に行ってから、すでに一週間近くが経過しているのですが……フィンリー様は一度も帰っていらっしゃいませんでした。
いえ、正しくは、私が起きている時間に戻ることはありませんでした。これはもう、避けられていると言っていいでしょう。
侍従たちも、もはや私に対して腫れ物に触るかのような対応です。二言目には「大丈夫? イチゴジャム舐めます?」ですから、そろそろイチゴが嫌いになりそう!
「兄さん全然帰って来てないんですって? でも最近は陛下と言い争う声が減って、難しいことを協議してるみたいですよ。戻ってくるのも近いんじゃないかなぁ」
「お疲れでないならいいですけど、一体、何をそんなに……」
「たまたま部屋の前を通った人の噂だから、どこまで信じていいかわからないけど……あの兄さんがどもりもしない勢いで大きな声出してたって言うからよっぽどですよ。今までそんなの聞いたことない。だから俺はね、義姉さんに関係することじゃないかなって思うんだよなー」
「へ?」
思わず二度見した私に、テオ様は緑色の瞳をくりくりさせながら楽しそうに笑いかけました。
「だって兄さん、ストラスタン邸に家族でさえ泊まるのを許さない、人前で踊ることもない……」
「そっそれは、夫婦、ですし」
「義姉さんをあんまり夜会に連れ出したがらないし、それに出張を断るようになった」
夜会に参加しない、させないのは契約があるからです。けど、それをテオ様は愛情表現のひとつだと勘違いなさっているようですね。
ただ……。
「出張を? でもこないだは西部に」
「いやー。本当だったらしょっちゅう出張行ってるんですよ、あの人。結婚してからはその1回だけでしょ」
「そう、でしたか」
ちょっとだけ、驚きました。貴族とは名ばかりの田舎暮らしをしていたせいで、城に出仕される方々の仕事量など想像もしていませんでしたから。
フィンリー様、本当はもっとお忙しかったんですね。それでも出張を断ったり、私とお茶をする時間をとってくださったりしてたんだ……。
私ったら彼が気を遣ってくださってたことに気付きもしないで。
もう何度目になるかわからない自己嫌悪に浸っている間に、馬車は城へと到着したようでした。
「今夜はスキャンダルなんて意に介さないベイラールっぷりを見せつけましょうね、義姉さん」
くりくりの瞳を片方だけパチリと閉じて、テオ様が手慣れたエスコートで私を馬車の外へと降ろしてくださいます。
このスマートさは、本当にフィンリー様とご兄弟とは思えません。思えませんけど、私はフィンリー様の不器用なところが好きなんですよね。はぁ……。
城の中、ホールまでの道中の廊下には等間隔で大きな鏡が壁に掛けてありました。さりげなくそれを覗けば、私のまとう薄いバイオレットのドレスが煌めいています。
銀の細やかな刺繍が裾や袖を華やかにし、また、首や耳を飾るアクセサリーの銀細工とも調和を取ってくれているようです。
そして胸元に光るトパーズ。
フィンリー様が選び、買ってくださったものを身に着けないわけにはいきません。これを見れば誰だって、スキャンダルの相手を連想するでしょう。でも、ベイラールの人間として堂々としていなければ。それが、ビジネス嫁の務めです。
意図的に大きく深呼吸をして、顔を上げます。
扉の向こうからテオ様と私の名前が読み上げられました。
テオ様がちらりとこちらを見て微笑みます。はい、大丈夫。私は頷き返して、扉が開くのを待ちました。
手前の待合室も、廊下も、明るく華やかではあったのですが。やはり会場内は別格。眩しいほどに明るくキラキラ輝いて、色とりどりのドレスが真っ白なホールを鮮やかに染めています。
「勢ぞろいしていますね、行きましょう」
テオ様のエスコートで一歩一歩ゆっくりとホールへ。位の低い方々から会場へ入るとのことで、私たちベイラール公爵家は招待客としては最後の入場となります。
歩くたび、会場が少しずつ静かになっていきます。と同時に囁き声が聞こえてくるようになりました。人々の視線は私の胸元に集まっているようですね。
「まるで不倫を認めてるみたいね」
「結婚前から遊びまわっていたそうだ」
「ベイラールもとんでもないのを嫁にしたものだな」
ですよね、気持ちはわかります。私も第三者ならそう思うと思います。
「黒獅子卿の愛人アピールかしら」
「ちょっと綺麗だからって、でも上の下でしょう」
おっと、褒め言葉として受け取っておきましょうか。でもアピールではないです、断じて。
ま、好き勝手言ってればいいんです。私の置かれた状況を知る人なんて、誰もいないんですから。仮に言っても誰も信じやしないですよね、これを夫から贈られただなんて。
「ぷっ……。義姉さん、ベイラールスマイル、上手いじゃないですか」
「んもう、からかわないでください。あ、殿下がいらっしゃるようですよ」
殿下の入場を知らせるひときわ大きな声とラッパの音。参加者が一斉に紳士・淑女の礼をとることによって生まれる、ゴウ、という衣擦れの音。
フィンリー様が現れるまで私には無縁だと思っていたすべてが、今はここにあります。実家を救っていただいたことに感謝して、自分の役割を全うしましょう。
殿下が簡単に挨拶の言葉を述べ、そしてすぐに個別のご挨拶の時間となりました。
私とテオ様は、誰よりも先に殿下の元へと参ります。




