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Mission8.正体を探ろう_04


 金茶色の鮮やかなトパーズを選び、ネックレスと指輪とイヤリング、全てをお買い上げとなりました。

 ほかにも好きなものを選べと言われましたが、とんでもないことです。そもそも、今の私はあんまり脳みそが働いてませんし。


 だって、もしかして、私の独り言の相手を黒獅子卿だと思っていらっしゃるのでは?

 え、待って。例えそうだとして、ご自分だって彼のこと好きなんですよね?


 ああ、ほんとによくわからない。


 頭を抱える私の横で、フィンリー様は支払いを済ませています。商品の受け渡しは、石を嵌めたりサイズを調整したりする作業があることから、後日となりました。


 そこへ、店の奥からまた別の人物が。


「お買い上げありがとうございます。このデザインは自分にとっても強い思い入れがあって……ああ、あなたが奥様ですか。きっとお似合いになることでしょう」


 薄いグレーのシャツとベージュのベストの上から、白いエプロンをしています。恐らく彼が銀細工師、ということなのでしょう。


 無精ひげがいかにも職人という感じで、白髪交じりのダークブラウンの髪は……。いえ、ちょっと待ってください。私、この方を見たことがあります。それも、シェラルド領で、です。


 フィンリー様にそれを伝えるべきかと彼を見上げましたが、斜め下を見つめる姿にほんの少しだけ冷静さが戻りました。

 

「え、ええ。ありがとう。大切にするわ」


 混乱する頭で、しっかりお返事できたことは我ながら素晴らしいと思います。

 私はフィンリー様に促され、銀細工師と店員に見送られながら店を出ました。


「フィ、フィンリー様。あの、あの職人の人……こないだシェラルドに来ていました。えっと、鉱山の調査をしていた時にも、無断で侵入した部外者の中に彼の姿があって……」


 自分で言ってて支離滅裂な気がします。でもこれ以上わかりやすく説明できる気がしません。ちゃんと伝わっているかしら?


「あ、ええ、はい。じ、実は……先日のフォーシル伯爵からの報告に、か、かか、かれ、彼のこともありました。オーブリーが身元を、とく、と、特定したので様子を見に来たのです」


「なるほ……え、ご存じだったのですか? つまり、アクセサリーを買うのはついででしたか?」


「いや、レ、レイラさんの宝飾品がすく、少ないことは懸念していたので、ついでというわけでは。良いものが買えてよかったと思います、し、そ、それに、彼をレイラさんにも確認してもらえてよかった」


 また頭の中がぐるぐるしてきました。アクセサリーを買ってほしいとかそういうことではなくて、私、デートだってやっぱり心のどこかで思ってたみたいです。


 あーもーばっかみたい。フィンリー様から誘っていただけたから、ちょっと勘違いしてしまったんですね。

 彼にとってはデートでもなんでもなくて、事件の調査の一環で、ついでに不足していた装飾品を買い足しただけっていう……。


「そうでしたか」


 あまりにも能天気な自分の頭に、我ながら自己嫌悪です。そして発した言葉が自分でもすごく冷たく聞こえて、もうひとつ自己嫌悪。

 白い結婚で、ビジネスパートナーで、ただそれだけの関係だと何度言い聞かせても、どこかに期待を滲ませてしまう。これが恋というものなら、本当に面倒くさい病気です。


 私がかつて読んだおとぎ話や娯楽小説では、主人公は必ず報われてるじゃないですか。でも私は恋に破れた方の登場人物の心の動きを学びたいんですけど!

 しかも、なんでもない顔をしながら夫婦の振りをして、隣で生きていく方法を。


「レ、レイラさん! あぶ、あ、危ないからこちらへ」


 フィンリー様に腰を抱かれて引き寄せられます。と、その瞬間に先ほどまで私が歩いていた辺りを物凄い速さで走り抜けた男性が。服装からして郵便夫でしょうか。王都では誰もが日々をせわしなく過ごしていますよね。


「ありがとうございます」


「あっ、す、すみません」


 謝罪の言葉と同時に、私の腰から彼の手が離れていきました。本当の夫婦だったら、そんなことはないのでしょうけど。


 フィンリー様に連れられるままに歩いていると、目の前に緑が広がりました。池と芝生があるだけの国営の公園ですね。人混みから離れられて、ちょっとホッとしました。

 ふたり並んで池を眺めれば、鯉が気ままに泳いでいるのが見えます。……鯉になりたい。


 ひときわ大きな鯉がぐるりと池を一周したころ、最初に口を開いたのはフィンリー様でした。


「せ、先日は、すみません。ぬ、ぬす、盗み聞きをするつもりはなかったのですが」


「っ! ……いえ」


 一瞬、身体がこわばります。だって、いちばん触れられたくない話題でしたから。

 彼は誤解しているに違いないのに、私にはその誤解を解くことはできないのです。夫に、私が好きなのはあなただと、口が裂けても言えないのです。


「こっ恋人を作るのは、じ、自由です。もし、相手が僕の知る人物なら、な、何かおて、おてつ――」


「結構です!」


 私は彼の言葉を遮るように言い放ち、その場から逃げるように走りだしました。


 やっぱり! やっぱり自分のことだと思っていらっしゃらなかったんですね!

 自分だって黒獅子卿に思いを寄せてるくせに「お手伝い」だなんて、どうしてそんな見当違いの優しさをくれようとするのかしら!


 その後しばらくの間あてもなく歩き回っていると、探しに来たマチルダに捕獲されて屋敷へと帰りました。


 フィンリー様は急な仕事でお城へ向かったのだとか。

 これで顔を合わせずに済む、とホッとしたのはいいのですが、迷子の嫁を放置して仕事に行ったとカーラが激怒。なだめるのに苦労しました。


 一方マチルダは、常に護衛が見守っているし、フィンリー様は護衛を強化するよう指示を出して行ったのだ、と必死の擁護。こちらはこちらで静かにしてもらうのに苦労しました。


 違うんです、別にフィンリー様は何も悪くなくて、ただ、私が失恋しただけなんだと言えたらどんなに楽だったでしょう。




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― 新着の感想 ―
[一言] レイラは、失恋したら走るタイプでしたか……
[良い点] もどかしさ熟成中。
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