Mission8.正体を探ろう_03
独り言聞かれ事件から2日。今日は、大変本意ではないのですが、フィンリー様とアクセサリーショップへ向かうことになっています。
あの日のことは、お疲れのフィンリー様が手を滑らせてグラスを落としただけということで落ち着きました。私はこの胸の内をマチルダに話すことなどできませんし、フィンリー様だって話せる内容ではないでしょうしね。
手を滑らせる理由があったことを除けば、実際その通りなので問題はありません。
が、私とフィンリー様は昨日いちにちお互いにずっと避けており、一切お顔を拝見していないのです。
なので、今日という日がいかに恐ろしいか。胃が……胃が痛い……。
鏡に映る私は青白い顔をしていますが、支度の手伝いをするマチルダはいい笑顔です。
「今日はお忍びでございますから、大店の奥様というイメージでまいりましょうね」
「大店の奥様という存在にお会いしたことないからわからないけど、がんばるわ……」
「普段通りでちょうどいいかと。奥様にはまだ公爵家の人間らしさがありませんから」
一段と素敵な笑顔のマチルダですが、絶対いま悪口言われたと思います! ここはこの家の女主人としてビシっと、ビシっと……!
「全く正しい評価だとは思うけど、侍女たるあなたはもっと褒めてくれてもいいと思うのよ」
「以前よりずっと淑女らしさが増しましたが、ここで笑って受け流しつつ嫌味を言えたら完璧でございます、奥様」
やっぱり、マチルダには敵いません。降参だと手をあげて息をつくと、彼女は私の背中をポンと軽く叩きました。
「少し表情が和らぎましたね。さあ、行きましょう」
やっぱり、マチルダには敵いません。
レースや刺繍の装飾はあるものの、光沢のない簡素なベージュのドレスで、首元を飾るリボンがフィンリー様の髪の色でした。
「そうね」
私も頷いて部屋を出ます。
エントランスで待っていたフィンリー様もやはり簡素な衣装でした。暗いグレーの上下で首元にはスミレ色のクラバット。
フィンリー様はどんな思いで、私の目の色のそれを身に着けたのかしら。嬉しいのに、嬉しいからこそ、ちょっと寂しかったりして。
「あ……ええと、行きましょうか」
「はい」
やっぱりどこかぎこちないまま、私たちは町へと繰り出しました。
今日の目的地はアクセサリーショップ「アルシェ」だそうです。客層は貴族が中心で、ときに資産家も。
通常そういった客層を持つお店は、人の多い繁華街とも呼べる通りから少し離れた場所に店を構えるものです。が、アルシェに関しては新しいお店だからか、繁華街からほど近い場所にありました。
扉を開けるとドアベルが鳴り、綺麗な身なりの店員が出迎えてくださいました。
入店して最初に目に入る壁に、恭しく「王室御用達証」が掲げてあります。獅子と鳩の紋章は王妃殿下のもの。つまりこのお店は王妃殿下の覚えがめでたい……そんな話を、どこかで聞いた記憶がありますね。
ぐるりと店内を見回したところで、店員がこちらへやって来ました。
「本日は、どのようなものをお探しですか」
「つ、妻の、ネックレスを。ほ……かにも、良いものがあれば」
フィンリー様が一語一語確かめるようにゆっくりと発話します。どもらないよう、気を付けていらっしゃるのでしょうね。
「それでしたらおすすめがございます。新作でして、同じデザインで指輪とイヤリングもございます。すぐにご用意いたしますから、他の商品をご覧になってお待ちください」
私たちのほかに客はなく、店員が奥へ引っ込むと店内には私とフィンリー様だけとなりました。
私は先ほどまでの気まずさなどすっかり忘れて、フィンリー様の耳元へ口を近づけます。
「王妃殿下の御用達証です。もしかして、ここはダッズベリー侯爵がお連れになったという銀細工職人の店でしょうか?」
「ええ、は、はい。おそ、恐らくそうでしょうね」
ダッズベリー侯爵といえば、以前の夜会でベイラール公爵家を目の敵にしていたのが、奥方だったはずです。
「どうりでどれを見ても素敵なんだわ」
私の感性は当てにならないですけど、と誰に聞かせるでもなく呟きながらショーケースに並ぶアクセサリーを眺めます。どれも値札がついていないのが本当に恐ろしい。
そんな私の横にフィンリー様が並び立ちます。
「ド、ドレスはできるだけ、ご、ごご、ご用意しましたが、アクセサリーまでは、て、手がまわっていなかったので。流行はわかりませんが、こ、ここなら間違いもないでしょう。お好きなものを、どうぞ」
「そんな――」
受け取れないと断ろうとした矢先、店員が豪奢な箱を手に戻っていらっしゃいました。真っ直ぐ私たちのところへやって来て、目の前に箱を置きます。
ゆっくりと開かれたその中には、シルクに包まれた銀細工のネックレスが。まるでレース編みをしたような繊細な意匠で、チューリップがかたどられています。
「素敵……」
「真ん中の台座にはお好きな石を選んでいただけます」
私の呟きに満足気に頷いて、店員がそのネックレスを私の首へと掛けてくれました。鏡に向かって何度か角度を変えてみます。
首の詰まったデイドレスでは分かりづらいですが、その輝きは計算しつくされたカットがあってこそでしょう。
店員はショーケースの向こうへと戻り、宝石のルースが並べられたケースを私たちの前に置いてニコリと笑いました。
「こ、これをセットで、貰おう。石は……トパーズで」
「えっ――」
驚いてフィンリー様を振り仰ぎます。こんな高そうなものをセットで、というのもそうですし、それにどうしてトパーズなのかと。私には……黒獅子卿の瞳が最初に思いだされるというのに。
私の否定的な雰囲気を察知したのか、店員が大きめの声で彼の注意を引きつけます。
「お目が高いです、お客様! ちょうど、トパーズも最高級のレベルのルースが入ったところだったのですよ」
そう言って、壁側の棚からトパーズばかりが並ぶケースを取り出しました。




