Mission8.正体を探ろう_01
ベイラール公爵家のお屋敷、とても大きいです。ストラスタン伯爵邸だって王都に建てるには大きすぎると思っていましたが、それを超えてますね……。
茶色を基調にした落ち着いた雰囲気のストラスタン伯爵邸とは違い、こちらは白をベースにした明るく華やかなお屋敷です。
家族だけの食事だから気負わず食べましょうねと案内された食堂が、ちょっとした小さいパーティーくらいなら開催できそうな広さと豪華さがあって、もう。
テーブルには公爵のヘンリー様、公爵夫人のグレース様、次男であるテオ様、そしてフィンリー様と私が座っています。本当に、家族水入らずですね。
「レイラさんのスキャンダルだって聞いたときには卒倒してしまうところだったのよ。でも、お相手がフォーシル伯爵だって言うから一安心だわ」
グレース様がニコニコと朗らかに笑いながらおっしゃいます。
フライング・ニュースは週に一度の刊行で、本日発売の記事が公爵様のお手元に置いてありました。公爵様がそれをポンポンと叩いて首肯します。
「そうだな。彼のことを知る人物なら信じやしないし、知らずに噂を信じる人物なら我々が構う必要はない」
「そう、なのですか」
……いえ、頭ではわかっているんです。フォーシル伯爵は硬派な方で、決してスキャンダルを起こすような人ではないと。
ただ先入観だとわかっていても、今の私にはおふたりの言葉が全て「フォーシル伯爵は男色家だから」という前提条件がついているようにしか聞こえません。
自己嫌悪です。どんな噂がたとうと、全て実力で薙ぎ伏せていく方なのだと信じていた純粋な頃に戻りたい。
「だから義姉さんはもし何か言われても、ベイラールスマイルで無視してればいいんですよ」
テオ様がワンちゃんみたいな人好きのする笑顔で言います。私はその言葉に首を傾げました。
「ベイラールスマイル?」
「こういうのよ。フィンリーさんは苦手らしいのだけど」
グレース様が慈愛に満ちた微笑みを浮かべました。公爵様とテオ様もそれに続いて同じような笑顔を作ります。
すごい、何か達観したような……全て包み込むような、でもどこか見下されているような!
「ベ、ベベ、ベイラールは古くから、お、王家に最も近く、も、最も忠実な、しゅ、守護者と言われています。そっその立場、地盤は何者によっても、く、崩すことはできない」
「なるほど」
今更ですが、私もしかしてとんでもないところへ嫁いでしまったのではないでしょうか。微笑んだまま無視していても、大抵のことは問題にさえならない、ということですよね。
なるほど確かに気軽に「恋人を作ってもいい」とか言っちゃうわけですねーふーん。
それでも、男性が恋愛対象だということは隠さないといけないのかと、少しだけ不憫に思いました。立場は脅かされなくても、公務などはやりづらくなるのかもしれませんね。
ベイラールスマイルの披露を終えたグレース様が、器用にスモークサーモンを親指の先ほどの大きさに切り分けながら「そういえば」と話題を変えました。
フライング・ニュースの話題はもう終わりです。スキャンダル、本当になんのダメージにもなってないんですね……。
「もうすぐ王子殿下のお誕生日でしょう。フィンリーさんは出席なさるの?」
殿下が成人されて以降、そのお誕生日には毎年パーティーが開催されます。
これからの王国を支える人材の交流を目的としたもので、殿下と同年代の貴族を中心に招待されるのだと家庭教師から説明がありました。
「あ、いや、すみません。そ、その、その日はどうしても動かせない会議が。テッ、テオに任せます」
「えっ、俺かー。あ、じゃあ義姉さんにパートナーお願いしてもいいですか」
予想外の方向から飛んできたボールに、ローストチキンが喉に引っ掛かりました。慌ててワインで流し込みます。ああ、お酒が染み渡る……!
とはいえ、この場合のパーティーへの参加は契約外のはずです。私から返事をするのはためらわれて、フィンリー様を横目に見ながら判断を仰ぐことにしました。
フィンリー様が黙ったまま両手で眼鏡の位置を直していると、テオ様が意味ありげに笑って腕を組みます。
「そろそろ本当に結婚相手探さないとまずいんだよなー。こんなとき殿下の誕生日パーティーは渡りに船と言えるけど、ひとりで行くのも寂しいし、かといって適当な相手もいないしなー。あー、俺に妹がいればなー」
この言葉に反応したのは公爵様とグレース様です。おふたりは顔を見合わせたあとで、チラっと私のほうへ視線を投げました。
「そういえばレイラさんは殿下にご挨拶はまだだったかな」
「スキャンダルくらいで隠れるベイラールではない、と見せてあげたらどうかしら?」
いやおふたりとも、絶対いま話題逸らしましたよね。
同年代が集まる場所なんて、あの黒獅子卿の人気を考えたら絶対に行きたくないんですけど。
しかし結局これを断る妙案を思いつかなかったらしく、フィンリー様も私も承諾せざるを得ませんでした。
また別途報酬をいただけるのでしょうか。
以前お祭りデートを提案したときは、例え白い結婚でも夫婦というものに夢を見ていたのですけどね。今回は何をおねだりするか、まるで思いつきません。




