Mission7.報告をもらおう_03
その後は、なんとなく上の空で何を食べたかも覚えていません。その代わり、何を話したかはできるだけ覚えるよう意識しましたけれど。
食事を終えると、もう少し話があるからとフィンリー様とオーブリーは応接室へ向かいました。私は真っ直ぐ自室に戻るのがためらわれて、あてもなく屋敷内を歩きます。
そこへ通りかかったのはカーラです。
「奥様、どうかなさいましたか」
心配そうな表情に思わず泣きそうになりましたが、ここはぐっと我慢。
「お酒が飲みたい……」
「ええっ! そ、それでしたらすぐにご用意しますから、お部屋でお待ちください。……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。ありがとう、カーラ」
ぎょっとした表情のカーラでしたが、まるで母のように私をぎゅっと抱き締めて、そして一礼してその場を立ち去りました。
部屋へ戻ると、ちょうどマチルダが荷物の片づけを終えたところでした。すぐにカーラもお酒を持ってやって来ます。
「お酒、でございますか」
「なんだかちょっと飲みたくて」
カーラからワインとグラスを受け取ったマチルダは、テーブルにそれらを並べていきます。
ナッツとレーズンと、口当たりのいいフルーティなワイン。やけ酒には少々お洒落過ぎる気もしますが、公爵夫人のやけ酒とはこういうものなのかもしれません。
ほどほどに、と一言残してカーラが立ち去りました。
「マチルダも、戻っていいわよ」
「では後ほど、様子を伺いに参ります」
微かに扉が閉まる音がして、部屋には静寂が満ちました。ソファーへ掛けると、帰宅してすぐに抱き締めたクマのフィーノがコテンと私の腕にもたれかかります。
それを正しく座らせ直して、トトト、とワインをグラスに注ぎました。
さあ、一つずつ整理していきましょうか。
シェラルドの鉱山の利権を狙う人物がいます。ここでは仮にジョン・スミスと呼ぶとして。これまでの事件は全てそのジョン・スミスが黒幕と考えて良さそうです。そしてジョン・スミスの正体については、フィンリー様とフォーシル伯爵とが連携しながら捜査する、とのことでした。
ジョン・スミスの起こした事件のうちのひとつ、「奇病」に関する問題は情報局を通じて、全く根拠のないデマであると発表される予定だそうです。ですから、いずれ鉱山開発に関するスポンサーは見つかるだろうと考えられます。
私とフォーシル伯爵とのスキャンダルの件は、特に問題ではないとのこと。でも念のためベイラール公爵家と打ち合わせをしておく、ということになりました。
社交界に噂が流れるのは止められませんから、その対応について一貫性を持とうということですね。
また、シェラルド男爵家には金銭的な支援に加えて使用人や家庭教師が手配されることとなりました。公爵夫人の生家としての意識を醸成する、のだそうです。ありがたいやら、お恥ずかしいやら。
……と、ここまでは、いいのです。
「はぁ……」
溜め息をついてまた一杯、グラスを空けました。トトトト、とぶどうの香りを振りまきながら、深い赤の液体が満たされていきます。
フィンリー様って、もしかして、男性がお好きなんでしょうか。さらにそのお相手はフォーシル伯爵なんでしょうか。
そう考えると、いろいろと辻褄が合ってしまうような気がするんですよね!
例えば偽装結婚。私が恋人を作っていい理由も、後継ぎを作る予定がないというのも、納得できてしまいます。
マチルダが、フォーシル伯爵だけはやめておけと、彼の心は絶対に手に入らないからと、そう言った意味も頷けますし。
ナッツをひとつ口に放り込むと、少しの塩気とバターの香りが口の中に広がりました。普段なら至福のひと時と言いたいところですが、全く安らげません。
つまり、ですよ。弟の手紙にあった件も解決してしまうのでは? フォーシル伯爵が、フィンリー様の偽装結婚の相手を探してたかもしれません。私のことを調べてフィンリー様に推薦したとか。
……考えれば考えるほど、飲まずにやってられるかという気持ちになります。
ああ、またグラスが空っぽに。瓶にも入っていません。まだ飲み足りないのに! ベルを鳴らして新しいワインを持ってくるようお願いしました。
持って来ていただいたのは先ほどと同じワインですね。甘くて飲みやすくて大変美味しいです。トトトトト、という音も可愛い。
フィンリー様とフォーシル伯爵がそういう関係だという前提で考えるとですよ、もしかしてですけど、もしかして、ジョン・スミスがフォーシル伯爵だって可能性も。
えー! そんなのすっごい罪深い行いですよね、そうですよね。あーもう誰も信じられない。またグラス空っぽ。すぐ無くなっちゃいますね。
「信じてたのに」
ぽつりと、こぼれました。隣にちょこんとお行儀よく座るフィーノの頬をムギュっと押しつぶします。
そうです。信じてたんです、フィンリー様のこと。最初から、ずっと。
フィーノの頬をむぎゅむぎゅと潰すうちに、彼はこてっと倒れました。もとに戻しながら心の内を語りかけます。
「旬になったら毎日イチゴをくれるって言ってくれたの嬉しかったし、エスコートが不慣れなところも可愛くて、でもたまに素敵で、賢くて国王陛下にも物怖じしないところは本当にかっこよかったし、私の作るお菓子なら食べられるって微笑むのも好きで……」
好きで。
違っ、違います、家族として、です。
フォーシル伯爵と恋仲でいらっしゃっても、別にいいんですよ、いいんです。いいんですけど。
思わずフィーノを放り投げたところで、部屋の扉が開きました。
「奥様! ……あ、お返事がなかったものですから、」
「マチルダ、ちょうど良かったわ。あのね、お酒が無くなってしまったの。もう一本持ってきてくれる?」
「もういけません、奥様」
何か呆れた様子のマチルダでしたが、静かに部屋を出ていきました。たぶん新しいワインを持って来てくれると思います。
「……ばか。フィンリー様のばか」
彼は何も悪くないのに、悪口でも言ってないと心に溜まったモヤモヤがどうにもなりません。
「レ、レイラさん」
ふわり、と私の体が浮きました。ふふ、この感覚知ってます。今日はお洗濯してないのに抱き上げられるなんて。




