Mission7.報告をもらおう_02
起こしに来たマチルダに簡単に髪を結い上げてもらい、着替えて食堂へ向かいました。実はフィンリー様と一緒に食事をとる機会は数える程度しかなく、ちょっと楽しみなのです。
が。テーブルにはフィンリー様だけでなくもう一人、貴族風の身なりの男性が座っていました。
私が席に着くと、執事が食前酒を配ってから食堂を出て行きます。どうやら人払いをしていたようですね。食事も全てテーブルに並んでいます。
長方形のテーブルの短辺にフィンリー様が座っていて、私は角を挟んだお隣に。そして私の対面に座る人物はニッコリと笑いながらグラスを掲げました。
「ごきげんようー、ストラスタン伯爵夫人! 再会を祝して乾杯、ということでどうでしょうーっ。わ、小公爵さまそんなに睨まないで! こわくてチキンひとつも飲み込めなくなっちゃ――」
「かっ、彼はフォーシル伯爵からの、つ、つつ使いです」
「ええ。オーブリーですね、こんばんは」
セリフを遮られたオーブリーは、不満そうにひとりでシャンパンのグラスを空けてしまいました。
フィンリー様はそんなオーブリーの様子も意に介さず、「ふたりに面識があるなら話が早い」と続けます。
「フォーシル伯爵からの、ほ、ほほほ報告書をとど、届けてくれましたが、こっ、ここにない最新情報も持ってるのだとか」
フィンリー様がテーブルの隅にあった分厚い封書を少しだけ持ち上げて見せました。
私は首を傾げつつ、シャンパンをひとくちだけいただきます。
「情報局を通じて調査結果をいただけるのかと」
「ええ。き、『奇病の調査』にかかか関してはそうなります。こちらは、べ、べ、別件ですね」
「はい! シャーロット嬢をかどわかした男っ。ヤツの左上腕部のタトゥーとぉ、右手親指の焼き印がなんと! なんと!」
オーブリーが私とフィンリー様の表情を交互に見る様子は、まるで自分に注目を集めようとしているみたい。
私は彼が突然なんの話を始めたのか見当がつかないため、プレートにまとめられた数種のオードブルを口に運ぶ作業に集中します。一方フィンリー様も、表情を変えることなくシャンパングラスを手に取りました。
「わー、反応が薄い! 慣れてるのでいいんですけどっ。つまりー、シェラルドの鉱山開発の亡くなったスポンサー、いますでしょ。彼の屋敷に出入りしていた業者とぉ、同一人物だとわかったのですっ! パチパチパチー」
わーと言いながら、オーブリーが拍手をします。フィンリー様は腕を組んで難しいことを考えているような雰囲気。
「れれ例の資産家は、た、たさ、他殺だったことがわかっています」
「はい、それはフォーシル伯爵からも伺いました」
「そっそこに出入りしていた人間と、シェシェシェラルドを、おと、陥れようとした人間が同じなら、こっ鉱山の利権を狙った犯行と見てまず間違いない、かと」
「そうですね、偶然では片づけられないと思います」
オーブリーが静かだと思ったら、美味しそうに食事をしていました。釣られて私も舌平目にナイフをいれます。このムニエルという料理も、そもそも舌平目も、シェラルドでは食べられなかったものなので本当に……舌が幸せ。
「も、も、問題は誰が計画し、しっ、しじ、指示を出したかということです」
脳裏に黒獅子卿のお顔が浮かびましたが、ぷるぷるっと頭を振って追い出します。
「それはまだ追いかけている最中ではあるのでー、もう少々お待ちいただけるとっ。しかし夫人は素晴らしーい奥様でございますよね! 小公爵をスポンサーに、さっさと鉱山開発進めてしまえばーなぁんて我が主が言ったのを、どんな嫌がらせを受けるかわからないから、領民を守るために犯人を突き止めるのが先だーなんてっ!」
席を立ち、数歩進んでは宙に拳を振り上げ、また戻っては両手を胸の前で握る……そんな芝居じみた動きのオーブリーに、フィンリー様が座るようにと静かに言い放ちます。やはり、慣れていらっしゃるんですね。
「ま、まぁ、調査を優先するのは、ぼ、ぼぼ僕も賛成です」
「本っ当に素晴らしい奥様! あー、我が主も早くこのような素晴らしい伴侶を持てばいいですのにっ」
おとなしく席についたオーブリーがワインを一気に喉に流し込みました。
「かか彼には彼の考えがあるのでしょう」
「そういえば、弟君のテオ様からお伺いしましたわ。フォーシル伯爵には愛を捧げる女性がいると。だからご結婚は難しいのかもしれませんね。だというのに私ったら――」
貴族のスキャンダルを取り扱う記者に狙われてしまった……と各方面に謝罪をと続けようとしたところ、フィンリー様がフォークを取り落とし、皿とぶつかって耳障りな音が響きました。
「あっ、し、しつ、失礼しました。あの、その話、詳しくおう、お伺いしても?」
「え……? あ、いえ、私もそれ以上のことは存じ上げません。旅回りの女性に愛を捧げているから、他の女性には目もくれないのだとか」
オーブリーが目だけを動かして、私とフィンリー様の様子を眺めているのが視界に入りました。気持ちはよくわかります。私もフィンリー様がこんなに反応なさるとは思いませんでしたから。
「そそ、それは、それは間違いです。かっ、彼のことはぼぼ僕がいちばん、よく、よく知っていますから」
「そ……そうですか。すみません、噂話なんて軽率でした」
勢いに気圧されて、慌てて頭を下げます。オーブリーは楽しそうにニコニコしていますが、そんな場合じゃないでしょうに!
ただ、その、「ぼくがいちばん」というのは、どういう……?




