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Mission6.家に帰ろう_04


 疑念に囚われてしまった私は、そう都合よく眠れるわけもなく。マチルダに起こされたのは、普段ならとうに支度も終えて朝食さえ食べ終えるような時間でした。


「寝坊しちゃったわね」


「一昨日の夜もあまり寝る時間をとれなかったはずだから寝かせておけと、フォーシル伯爵が」


「まぁ確かに睡眠不足ではあったけど……伯爵は何時ごろ出発のご予定?」


「ヒバリが鳴くより早く出発されました」


 マチルダの持ってきた(たらい)の水で顔を洗ってから、もう一度問います。


「なんですって?」


「すでに屋敷を発たれ、ここにはいらっしゃいません」


 狩猟ベルトについて尋ねようと思っていたのに、ご挨拶もできないまま出発されたなんて。顔を拭きながら息を深く吐く私に、マチルダが怪訝な顔をしました。


「あの方のことは、お気になされませんよう」


「ええ、もちろん。マチルダが心配するようなことはないわ」


 困ってしまいましたが、社交の場であればいずれお会いすることもあるでしょう。その時に改めてお伺いすればいいということにします。もしあのベルトとナイフがご入り用でしたら、先方からご連絡があるでしょうし。


 マチルダはマチルダで、何か知ってそうなのにこの話題になるととーっても厚くて高い壁を作ってしまうんですもの。うー、余計気になってしまうじゃない!


 微妙な無言が続く中で支度を終え、朝とお昼を兼ねた食事をいただきました。庭をお散歩したり、慣れない刺繍の練習をしたりして時間を潰していたときのこと。ついに、待ち人が、来たのです。


「レイラ様、ストラスタン伯爵より早馬でございますよ」


 シェラルド家のメイド、ニアムに知らされて私とマチルダはエントランスへ急ぎます。そこには肩で息をする男性がひとり。


 疲労困憊の彼の姿は、フィンリー様の早く届けたいという思いの表れであるかのような気がして、胸がぎゅっと締め付けられました。いえ、それは私のただの願望に過ぎないのですけど。


 マチルダの差し出す銀のトレイを経由して、急使から私へと封書が受け渡されました。中身を傷つけないよう慎重にペーパーナイフを走らせ、宝物を取り出します。


『――変わりないでしょうか。こちらの仕事は恙なく完了しました。すぐに王都へ戻る予定です。つきましては、レイラさんにもお戻りいただきたく。僕は城へ立ち寄りますので、貴女は気にせず屋敷へお戻りください――』


 手紙は、道中は気を付けるようにということと、お父様へよろしく伝えるようにと続きます。


 私、忘れられていませんでした! フィンリー様のお屋敷へ帰れるのです!


 手紙を胸に抱きしめてマチルダを見上げれば、彼女は急使から空のグラスを受け取るところでした。私がお手紙を読む間にお水を差し上げたようですね。

 私が受け取りのサインをすると、急使はまたすぐに屋敷を飛び出しました。


「マチルダ、帰りましょう」


「戻って良いというお知らせでございましたか」


「ええ、そうよ! 早く、早く帰りましょう?」


 荷物をまとめるために自室へ向かおうとする私を、呆れ顔のマチルダが引き止めます。


「今出たって、フォーシル伯爵には追い付きませんよ」


「んもう! そんなんじゃないってば」


 マチルダはどうしても、私をフォーシル伯爵ファンということにしたいみたいですね。私から黒獅子卿のお名前を出したわけでもないのに。


 キッと睨みつけた私に「失礼しました」と小さく頭を下げてくれましたが、本当にわかってるのかしら。


「どちらにせよこの時間では難しいですから、明日の出発にいたしましょう」


「では、ヒバリが鳴くより早く出るわ」


「仰せのままに。……ですが、なぜそんなに急ぐのです?」


 なぜって、わかりきったことを!

 冗談かと思ってマチルダの表情を観察しますが、本当にわからないみたいです。


「フィンリー様より先に戻らないと、『おかえりなさい』が言えないでしょう?」


 普段は帰る時間が遅いので出迎えはいらないと言われていますけれど、長旅の後ですからきっと早くお帰りになると思うのです。


「……なるほど」


「さ、だから早く準備しましょう」


 マチルダの手の中にあったグラスを通りかかったニアムに渡し、階段を上ります。


 部屋の前まで来たところで、背後に付き従うマチルダが口を開きました。


「奥様は旦那様のことがお好きなのですか?」


「……へ?」


 ドアハンドルへ伸ばした手を止めてゆるゆる振り返ると、マチルダの真っ直ぐな目が私を見ています。じわじわと頬に熱が集まるのがわかりました。


「きゅっ、急に何を言うのよ!」


 回れ右をして扉を開け、部屋へ入ります。


 私はかつておとぎ話や娯楽小説を読んで、恋や愛といったものに憧れを抱いていました。だからこそ、フィンリー様との結婚生活に夢を見たりもしたのです。


 でも現実は、書類だけの白い結婚ですから。


 ただ、ただ夫婦として、家族として、ビジネスとして、お互いが居心地よくあれと、そう思っているだけで……。




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― 新着の感想 ―
[一言] 乙女心炸裂回!
[良い点] >ただ、ただ夫婦として、家族として、ビジネスとして、お互いが居心地よくあれと、そう思っているだけで……。 嘘つけ! 陥落しとるやろ!
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