Mission6.家に帰ろう_02
屋敷へ戻ると、もう夕食の時間となっていました。謹慎を言い渡されたお姉様は、食事の時間もお部屋から出て来られませんので、食堂には両親と弟と黒獅子卿、そして私の5人だけがいます。
事態は落ち着いたとはいえ、昨夜大事件があったばかり。雰囲気はなんだかちょっぴり重苦しいです。いつもならよく喋る弟も、昨日に引き続き黙々と食事を進めます。
「他家のことに口を出すべきではないと控えるつもりだったが、事件に巻き込まれた以上は関係者と言えるだろう。本件はストラスタン伯爵に伝えた上で、対策を講じるよう進言しておこう」
「対策でございますか」
食後のデザートにクリームとスポンジケーキのパフェがいきわたったところで、黒獅子卿が口を開きました。お父様はいぶかしげな表情です。
「昨夜も内々には言ったつもりだが、自死を選ぶということは彼らの上に依頼者がいるはずだ」
「死んでも名前の言えない人間となると、よほどの要人でしょうね」
黒獅子卿の言葉に私も首肯します。お姉様も都合のいい話しか聞かされていなかったらしく、これといった情報はありませんでした。
犯人の為そうとしたこと、目的、そういったものが何もわからない以上、状況的に身代金目当ての詐欺師の仕業と考えるしかありません。
けれど自死の理由へ考えを巡らせれば、違う景色が見えてくるものです。
「ああ。要するにベイラール家を陥れたい政敵が背後にいる可能性が高いということだ。シェラルド男爵家には、未来の公爵夫人の生家としての自覚と矜持を持ってもらわなければな」
これは軽い気持ちでお洗濯をしてしまった私も耳が痛い。
マチルダは「働き手が多くいれば奥様が動くことはなかった」と慰めてくれますけれど。
親子ともども「はい」と素直に頷いたところで、黒獅子卿はナフキンを取って席を立ちます。
「いきなりですまないが、俺は明日の朝に発つ。ここでできることはもうないからな。調査結果については心配しなくていいだろう、悪いようにはしない」
そう言って私たちの返答も聞かず、あっという間に食堂を出て行きました。
私たちもそれを機に食事をおしまいにし、私は庭へ向かうことに。だって今日、フィンリー様からの報せはなかったのです。部屋でぼんやりしていたら気が滅入ってしまうわ。
今夜の月も、私の心とは裏腹に明るく輝いていました。その月光のもと、チューリップがそよそよと頭を揺らしています。
「あれ、レイラ? どうかしたのか……あ、いや。レイラ様、か」
庭の片隅からこちらへやって来るのは、ランタンとこん棒を手にしたローガンです。
「正しくはストラスタン伯爵夫人、だけどね。ローガンにそんな風に呼ばれるのは慣れないね。そっちは見回り?」
「そ。昨日の今日だし、それくらいしとかねぇとな。あーマチルダさん……だっけ。あの人も毎日見回ってるけど、みんなからの評判悪いよ」
「どういうこと? 愛想がないから?」
ローガンはこん棒を左の脇で挟んで、言いづらそうに頭をぽりぽりと掻きました。
「平民を見下してるって。奥様に馴れ馴れしく話しかけるな、立場をわきまえろって言うからさ」
なんと答えるべきか、「んー」と唸りながら腕を組みます。貴族としての意識も低かったシェラルド男爵家が、ベイラール公爵家と縁続きになることの弊害と言うのでしょうか。
「領主は領民を守る義務があるわ。シェラルドの家が潰れたら、みんなが困ってしまうでしょう。シェラルド滞在中に私やフォーシル伯爵の身に何かあれば、この家はすぐ取り潰される。だけどみんな、忍び寄る悪意には気づかないのよ。昨日のお姉様のようにね」
「今まで平気だったじゃん」
「今はもう違うの。マチルダの言葉は私や公爵家だけでなく、みんなのためでもあるのよ」
ローガンが脇に挟んだこん棒を投げ捨て、一歩また一歩とこちらへ近づいてきました。その目はいつもの子供みたいにクリクリしたものではなくて、どこか仄暗いものを宿しているように見えます。
「お前、変わったよな」
「ローガ――」
彼の手が私の手首を掴みます。その力がとても強くて、振りほどこうにもまるでびくともしません。
「ベイラールに嫁にいってさぁ! 金に惑わされたのかよ、権力か? いいよな、綺麗なドレス着て偉そうな侍女連れてさ! 俺なんかとじゃ住む世界が違うんだよなぁ」
「やめてっ」
私がそう叫んだときにはもう、ローガンの背後にはマチルダがいました。彼の首にナイフをあてて、左腕は背中側に捻りあげているようです。ランタンが落ちて中の火が消えました。
「痛っ……」
「この場で殺しても、わたくしは罪に問われません。法的に、わたくしたちとあなたとではそれだけの差があることを理解なさい」
ローガンの手から力が抜け、私の腕は自由を取り戻しました。マチルダに頷いて見せると、彼女もローガンの体を解放します。
「おい! いま叫び声が……っ」
新たにいらしたのは黒獅子卿でした。長いおみ足で瞬きを2、3度するうちにすぐ近くまでいらっしゃいます。
「もう、大丈夫ですわ。お騒がせしました」
マチルダの右手に光るナイフ、ふてくされた顔のローガン。それだけで黒獅子卿は大体の状況を把握したようでした。「大丈夫か」と声を掛けながら、赤くなった私の左手に手を伸ばし……。そして次の瞬間。
彼は大きく一歩を踏み出してローガンを殴りつけたのでした。グェとローガンのうめき声がこぼれます。
「女性を傷つけるのは、貴族だとか平民だとかいうよりもずっと以前の問題だ」
黒獅子卿は私の体を、洗濯桶から引っ張り出したときと同じように横抱きにします。そして倒れこんだローガンを置き去りにして、歩き出しました。
「あのっ、歩けますから」
「明日には貴女を置いて帰らないといけないのに、心配させないでもらいたい」
確かに、昨日といい今日といい平和とは言い難い状況ばかりが続いていますけれども。私は言い返すこともできず、素直に自室まで運ばれたのでした。




