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Mission5.捜索しよう_02


 お父様が言うには、姉のシャーロットが見たことのない水色のドレスを着ていたそうです。先ほど取材に関する証言をした女性たちからも、お姉様の着付けの手伝いをしたと確認がとれました。


 黒獅子卿はどこか冷めた目でお父様の表情を見ながら、確認するように呟きます。


「妹とはいえ、伯爵夫人の部屋へ侵入してドレスを盗んだ……ということになるが」


 私と黒獅子卿は散策へ出かけ、マチルダもお父様と話をしたあとで私たちの後を追いかけているはずですから犯行は容易だったでしょうね。


 高位貴族に対する窃盗と考えると、簡単な問題ではありません。お父様は青い顔で深く頭を下げ、私に謝罪の言葉を述べました。


「帰ってきたらすぐに返させる。大変、申し訳ない」


「今までがそうでしたから、お姉様にとって(レイラ)のものは自分のもの、という意識があったのは確かでしょうけれど……」


 私にはこの場で回答することができませんでした。ドレスはベイラールの資産ですし、その資産に手をつけたとあれば、判断はフィンリー様に委ねるべきではないでしょうか。


 一方で妻たる私が判断しなければいけないような気もして、でも契約だけのビジネス妻ですし、どう答えたものかわかりません。


 私が逡巡していると、よく通る低い声が間に入ります。


「公爵家にしてみれば、ドレス1枚でわざわざ騒ぐことではないだろうがな。とはいえ、男爵令嬢がストラスタン伯爵夫人を軽んじているのは確かだ。それはつまり、ベイラールを侮辱していることと同義」


「おっしゃる通りです。なんらか、罰を与えますのでどうか」


「スキャンダルの件もあるので、すぐにフィンリー様へお手紙でお知らせします。話はそれからで……」


 やはり私では正しい判断ができるとは思えません。ここはフィンリー様に対応していただき、私もそれで学びましょう。


「ああ、いえ、はい。そうですね」


 お父様がすっかり頭を抱えてしまったとき、お母様がお帰りになったらしく応接室へといらっしゃいました。

 呆れ顔のお母様に、私たちは良いニュースはもたらされないことを予感します。


「シャーロットは見つかりませんでしたわ。全くあのバカ……コホン、失礼しました」


 ソファーへ掛けたお母様に、お父様がここでの話し合いの内容を説明しました。

 話が進むにつれ、お母様は目に涙を浮かべて震えだします。ベイラールを侮辱したことになる、と自覚して恐れおののいているようです。


「レイラが貸したわけではなかったのね、ああもう本当に……」


「アイツが戻るまではもうどうにもならん。先に食事にしよう」


 お父様が難しいお顔でこめかみを揉みながら、ニアムを呼びます。


 なんとも重苦しい食事の時間となりましたが、結局その後もお姉様は戻らず、お父様の指示でこっそりと捜索隊が結成されました。

 フライング・ニュースの記者がまだ近辺にいるかもしれませんし、目立つ動きは控えたほうが良いだろうとの判断です。


 警備を兼ねて屋敷の周囲を探してみると出て行ったマチルダを見送り、私は黒獅子卿の部屋へ向かいました。スキャンダルの件など彼は完全な被害者ですのに、謝罪の言葉ひとつ伝えていなかったんですもの!


 2階の東側の端、歴史ばかり刻まれた扉の前で深く息を吸います。右手が扉に触れるその直前。


「男の身元は確認しましたけれどもー、緊急性は低い! ということで戻りましたっ。ですがー、こちらも随分と面白そうでございますねっ」


 特徴的な話し方をする男性の声が聞こえてきました。私は驚きが勝って手を止めます。来客は無かったはずですのに。


「シェラルド男爵令嬢シャーロットの行方を、至急調べろ」


「わー、部下使いが荒いっ! いいですか、(あるじ)。ワタシはたった今戻ったんですからね! そんな――」


 見知らぬ男の声が途切れ、静寂に包まれます。

 ハッと我に返って、所在なく宙に浮かせたままだった右手をノックすべく扉の方へ打ち下ろしました。……が、その手は空を切ります。


「盗み聞きは褒められた趣味ではない」


「いえ、はい、ごめんなさい! あの、謝罪をと思って来たのですが、ひとがいると思わなくて驚いてしまって」


 開いた扉から黒獅子卿の鋭い目がこちらを見下ろしています。が、すぐに諦めたように柔らかな眼差しになりました。


「不安にさせてすまない、紹介しておこう」


 大きく開かれた扉から室内へ入ると、正面には小柄な男性が。目が合うやピョンと跳ねるように背を伸ばし、そして腰から折れるみたいなお辞儀をなさいます。


「ワタシはオーブリー・ランヴァンと申しましてー! えーっと、フェリクス様に仕えています。どうぞオーブリーと。主は人使いが本当に荒いお人で、もーこのオーブリー、自分があと3人くらいいたら――」


「おまえは一人でも十分すぎるほどうるさいんだ、悪夢のようなことを言うな」


「お初にお目にかかりますわ。私はレイラ・ベイラール……」


「おぉっ、ストラスタン伯爵夫人! 存じておりますともー!」


 パチパチと手を叩くオーブリーを見て、黒獅子卿は呆れたように肩をすくめてみせました。そして勢いに飲まれる私に、オーブリーを手で指し示しながら説明を補完します。


「オーブリーは俺の部下でね、調べ物をさせたら右に出る者はいない」


「そうですともー! なんとこのオーブリー、たったいま命令されたことだって回答できるのですよっ。シャーロット嬢はー、川の近くに怪しい男といらっしゃいました!」


「え?」


 私も黒獅子卿も、我が耳を疑いました。目を見合わせ、そしてオーブリーに説明を求めます。


「ですからっ、郵便局(ポスト)の先で右手親指に焼き印のある男と――」


「その男について身元を探れ」

「私、場所に心当たりが!」


 人使いが荒いと文句を言いながら、オーブリーはすぐに窓の外へと身を躍らせました。


「ちょ、ここ2階……っ!」


「あいつは大丈夫だ、シャーロット嬢を探しに行こう」


 黒獅子卿に促され、私たちは部屋を飛び出しました。





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