Mission5.捜索しよう_01
私たちはローガンを馬車に乗せ、事情を聞きながら屋敷へ戻りました。彼が言うには「フライング・ニュース」の記者を名乗る男が現れて、お姉様や屋敷を出入りする女性たちにインタビューをしていったと。
後からその話を聞いたお父様とお母様が大層お怒りになり、お姉様は屋敷を飛び出したそうです。
屋敷へ到着するや否や、私と黒獅子卿は応接室へと通されました。お母様はお姉様を探しに行ったとのことで、部屋にはお父様だけ。
私たちが部屋へ入るなり、お父様は立ち上がって深く頭を下げました。
「フォーシル伯爵、ならびにストラスタン伯爵夫人。此度の件、誠に申し訳ありません」
「あらー」
思わず声が漏れます。あらーです。だって今、お父様は私を「ストラスタン伯爵夫人」と呼びました。それはこの件がフィンリー様、ひいてはベイラール公爵家へも影響を及ぼす可能性があるということです。
「先ずは、詳しい話を聞かせてほしい。我々は記者が来たということしか知らないのでね」
黒獅子卿がそう言ってお父様に面を上げさせ、向かい合う形でそれぞれがソファーへ腰を下ろしました。
「フライング・ニュースというと大衆紙ですが、ネタの多くは貴族のスキャンダルでしたね。先ほどお邪魔したカフェにも置いてあったはずですわ」
「そのせいで貴族にも読者は多いし、検閲が機能しづらくなっている。それで、一体どんな記事を書くと?」
ローガンの母であるシェラルド家唯一のメイド、ニアムがテキパキとお茶の支度を終えます。お父様がニアムに目配せをすると、彼女は小さく頷いて部屋を出て行きました。
「まずは、インタビューを受けたという民の話を聞いてもらうほうがいいでしょう。わたしもシャーロット……長女から聞きかじっただけなのです」
ほどなくして若い女性がふたり、ニアムに連れられてやって来ました。今朝、私と一緒に洗濯をしていた女性たちです。
「そっ、そんな大問題になると思わなくて! あの、すみません、どうか命だけは」
ふたりは崩れるようにその場に膝をつき、私と黒獅子卿に縋るような眼を向けました。黒獅子卿は頭をぽりぽりと掻きながらため息をつきます。
「何があったか話すのが先だ」
その響くような低い声に、ふたりはヒッと小さく悲鳴をあげてから、少しずつ語り始めました。
「き、記者は門の前で、出入りする人間に声を掛けてました。フォーシル伯爵とレイラ様のご関係について聞かれました」
「おふたりはどちらにいらっしゃるかと聞かれ、揃って町を散策にお出でになったと」
「それで?」
「おふたりが何か特別な関係なのではないか、と。それで、その、お姫様みたいに抱き上げたお話を」
「レイラ様がお洗濯中にローガンに足を見せたのを怒ったとか」
そこまで聞いて、私と黒獅子卿は目を見合わせてしまいました。お父様は頭を抱えています。
私は自分がそんなに鋭いタイプだとは思いませんが、それでもこのインタビューがどのような記事を意図したものかは想像がつきました。
「聞きようによっては、私とフォーシル伯爵が不倫しているみたいじゃないの」
「そんな簡単なものではない。恐らくストラスタン伯爵夫人がいかに尻軽かを、面白おかしく書き殴るだろうな」
「そんな……」
「社交界での立場をまだ築いていない新妻は、ベイラール公爵家にとって唯一とも言える弱点だ」
私たちの会話を聞いて、女性たちはさらに小さく身を寄せ合いました。自分たちの軽口が、こんな大ごとになるとは思わなかったのでしょう。
「私が軽率でしたわ」
膝の上で、ぎゅっと両手を握り合わせました。公爵家へ嫁ぐことの意味と影響を、領民が理解するはずもありません。私が立場をわきまえて行動すべきだったのです。
「悪いほうへタイミングが重なったとしか言えない。しかしこの問題とは関係なく、伯爵夫人が実家の家事を行うのを良しとする考えは、男爵家も改めなければな。下がらせてくれ」
黒獅子卿はニアムに言って女性ふたりを退出させ、お父様へ向き直りました。その眉間には深い皺が刻まれています。
「シェラルド男爵。メイドの一人や二人、領民を頼らずとも増やせる程度の支援は、ストラスタン伯爵に願い出るべきだったのでは?」
「とっ、とんでもない! 借金を肩代わりいただいた上にシャーロットの持参金まで面倒を見ていただいたんだ、それで十分です。メイドを増やしたところで、未来永劫公爵家を頼るわけにも、それに見合った収入があるわけでもない」
お父様にしてみれば、娘の嫁ぎ先に金の無心はできないでしょう。とはいえ、やはり私もお父様も、考えが甘かったのです。
黒獅子卿が「しかし」と困ったように声をあげたとき、お父様は視線を下げて微かに首を横に振りました。
「お二人がお出かけになってすぐに、伯爵夫人付きの侍女から同様の苦言がありました。本件は小公爵へ報告し、メイドの手配を行うよう進言すると。ただその話をしている間に記者が来たようです」
なるほど。お父様が取り込み中だったために、門前で行われた取材に正しく対応ができなかったと。
「まぁその程度のことならベイラール公爵家は傷ひとつつきやしない。貴女も気に病むことは――」
ご自身のスキャンダルでもあるというのに、黒獅子卿が慰めるように柔らかく微笑んでくださったとき、室内に硬質なノックの音が響きました。お父様の許可を待って入って来たのはマチルダです。
「お話中失礼します。先ほど外出から戻りましたところ、奥様の私室からドレスが一着なくなっていることを確認いたしました。邸内を出入りする人間と話を――」
「なくなった? もしかしてそれは水色のドレスか? レイラが貸してやったのではなく?」
驚き、顔を見合わせる中で、お父様だけがそう呟いたのです。




