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Mission4.領地を散策しよう_04


 大切にとっておいた丸々としたアプリコットと、最後に残った少しの生クリームを口に入れたところで、黒獅子卿が窓の外を見つめたまま口を開きました。


「彼はここの人間だろうか? 随分と困った顔をしているが」


 黒獅子卿の視線の先には、ローガンが屋敷の仕事を手伝うときに着るような、小綺麗な上下を着こんだ男性がいます。きょろきょろしては通行人に話しかけ、うなだれるというのを繰り返しているようです。


「ふふ、さすがに私も知らない領民のほうが多いですよ。特にこの辺りは人の出入りも多いですし。ただあのご様子だと彼は、土地勘もないように見えますね」


「なるほどな」


 黒獅子卿は彼に興味を無くしたのか、テーブルを指で何度かコツコツと叩いてからコーヒーカップを手にしました。つられるように、私も紅茶をいただきます。


 会計票を持った客が私たちのそばを通り過ぎると、カップを置いた黒獅子卿が声を落としてお話を始められました。


「シェラルド卿には昨夜のうちに伝えたが、調査の多くはもう終えているんだ。最終的な結論は情報局から通知されるが、心配するようなことはない。有意な異常は見られなかった」


「ああ……良かった。ありがとうございます」


 領民から病の訴えはありませんでしたから、私たちは「奇病」など根も葉もない噂だと考えていました。それでも外部の調査でそう判断してもらえたことで、小さな不安さえ解消されます。


 ほっと胸をなでおろす私に、黒獅子卿がほんの少しだけ前傾して顔を近づけました。私も耳を傾けます。


「だが鉱山開発のスポンサーの死は再調査の結果、他殺の疑いが濃厚だった。だから次は『奇病』と言いだしたのが誰なのかを調べたほうがいいだろうな」


 私は驚きが声にならないまま黒獅子卿の目を見つめました。


 シェラルド領で見つかった鉱脈。その開発には祖父の代からお付き合いのある資産家の方が、後援として名乗りをあげました。私たち姉弟を実の子のように可愛がってくださった人です。

 その方が、まさか誰かに殺められていただなんて。


「やはり鉱山の利権を狙って?」


「断定はできないが、でかい金が動くんだからそう考えるのが自然だろうな。……そろそろ戻るか」


 黒獅子卿は支払いには多すぎる額をテーブルに乗せて立ち上がります。私たちの退店を察知した店員が見送りにやって来ました。


「あーその、一口ですごく癒されたんだ。ありがとう」


 ほとんど手つかずのままになったパーキンに視線を投げて、黒獅子卿が頭をぽりぽりと掻きました。その気まずそうな表情に、思わず笑ってしまいます。


「ごちそうさまでした、美味しかったわ」


 深々と頭を下げる店員へそう声を掛けて、黒獅子卿のあとに続き店を出ました。

 彼のことはほとんど知りませんが、田舎の小さな喫茶店で提供されるたった一皿のパーキンに罪悪感を抱くとは、正直意外です。


「ごちそうさまでした。ところで、銀貨2枚はお詫びの気持ちでした?」


「そっ、そりゃ……作り手はいい気はしないだろうからな」


 ぷいとそっぽを向いてしまいましたが、耳はほんのり赤くなっています。どうやら素直じゃない人のようですね。


 待たせていた馬車へ乗り込み、シェラルドの屋敷へ向かって動き出すや否や、黒獅子卿は腕を組んで難しい顔をなさいました。


「情報局が『シェラルド領に奇病はなかった』と、そう結論を出せば変な噂は立ち消え、一応の問題は解決するはずだ。国中の資産家が共同開発に名乗りをあげるだろう。貴女はどうする?」


「どうするとは?」


「相手は人を殺すことに躊躇しない人物または団体だ。調査を続けるなら相応の危険もあるだろう。ここで切り上げてはどうか、ということだよ。シェラルド家には、ストラスタン伯爵……いやベイラール公爵家の後ろ盾があるだろう」


 その言葉を理解するのに、少しの時間が必要でした。ベイラール家の後ろ盾が何を意味するのかを考えて、私は背すじを伸ばします。


「フィンリー様は以前、シェラルドが望むのであれば鉱山開発を支援することもやぶさかではないと、確かにおっしゃってくださいました。ですが、できません」


「それはどうして?」


「考えてみたんです。もしフィンリー様との縁談がなければ、シェラルドがどうなっていたか。きっと鉱山の権利のほとんどを譲渡するカタチで、支援を募らざるを得なくなったんじゃないかと」


 黒獅子卿は組んだ腕をほんの少しだけ崩して、右手で顎を支えます。


「ああ、それが狙いだとしか考えられない。あえてすぐに支援を言いださず、シェラルドが立ちいかなくなるのを待っていたはずだ」


「相手はこの利権のためにすでに手を汚しています。フィンリー様を頼れば、なりふり構わなくなるでしょう。それこそ公爵家が名を守るために、シェラルドを切り捨てねばならなくなるような」


「ベイラールほどの家なら、害虫が一匹増えたところでどうということはないだろう」


 眉根を寄せて難しいお顔の黒獅子卿に、私はゆっくりと首を横に振りました。


「だとしても、領民に被害が及ぶ可能性は排除できません。鉱山開発のパートナーを決めるより先に、調査を進めて犯人を見つけ出したほうが良いと思うのです」


 と言っても決めるのは私ではないのですけど……と続けようとした矢先、馬車が止まりました。御者席の小窓が開きます。


「シェラルド邸の小間使いが貴女に急用だとか」


 話を聞き終えた黒獅子卿がこちらに向き直ります。小間使いというとローガンでしょうか。とにかく話を聞いてみなければ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 始まりましたね!
[良い点] あ……アカン。 黒獅子ファンになってしもうた……。(チョロインすぎモン)
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