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Mission4.領地を散策しよう_02


 扉を開けて入って来たのは姉のシャーロットでした。少し沈んだ瞳は、彼女の機嫌が悪いことを表しています。


「さっきのはなんのアピール?」


「アピール?」


「生足見せて誘惑しようと思ったの? あさましいわね」


 マチルダは私の傍らで視線を下げて控えています。できることなら私も何も聞かなかったことにしたい……!


「誘惑ですって? 私はもう夫がいるのに、一体何を仰っているのか」


「それ! その澄ました喋り方もなんなの、公爵夫人気取っちゃって。たまたまアタシに婚約者がいたから仕方なくアンタになっただけなのに」


 この話は、フィンリー様から契約のお話をいただいた日から王都へ向けて出発するまで、毎日のように聞かされていました。まぁ男爵令嬢が公爵家へ嫁ぐだなんて、普通なら考えられない事態です。お姉様が残念に思う気持ちはわからないではないのですけど。


「それはそうかもしれない。でも、もうどうにもならないことよ」


「だ、か、ら! フェリクス様に色目を使うのはやめろと言ってるの。アンタはあのドモリの小公爵と結婚したんだから、おとなしくしてなさい」


 フィンリー様を侮辱されて、思わず「は?」と低い声が出てしまいました。が、貴族たるもの常に冷静でいるようにと、家庭教師から口を酸っぱくして言われていますから。


 ひとつ大きく深呼吸します。


「落ち着いて、お姉様。言ってることが支離滅裂だわ。まず第一に私はフォーシル伯爵に色目を使った覚えなんてないけど、そのように見えたのなら以後気を付けます」


「誰が見たって使ってたって言うわよ」


「確認だけど、お姉様の婚約が解消されたって話は聞いてないわ。つまり、色目を使うなというのは、あくまで私の体裁を心配して言ってくださってるだけよね」


 私の言葉に、お姉様は一瞬だけ目を泳がせます。

 黒獅子卿は確かに魅力的な方ですから、心が踊ってしまう気持ちもわからないではないですが……。せめて隠してほしいですよね、その気持ち。


「あ、当たり前でしょ。でももし、もしもよ、アタシがフェリクス様とお近づきになれそうなら協力してよ。ほら、アンタだって王都で家族が近くにいたら安心するでしょ」


「不貞の手伝いなんてできるわけないじゃない、お姉様もよく考えてから言ってよ。おとぎ話みたいな白馬の王子様に憧れる気持ちはわかるけど、もう大人なんだから」


「アンタは――」


「それから最後に」


 まだ何か言いたげなお姉様を無視して、キッと睨みつけます。

 私が色目を使っていると思われようが、お姉様が不貞を働こうが、実のところどうでもいいのです。大事なのはそんなことじゃない。


「フィンリー様への侮辱はたとえお姉様といえど看過できないわ。謝罪を要求します」


 お姉様は目を丸くしてヒュっと息を吸いました。妹に反抗されるとは思っていなかったようです。


「謝罪って、大袈裟な。誰も見ていないじゃないの」


「私もマチルダも公爵家の人間なのに? 家族が侮辱されて黙っていられるはずがないでしょう」


「もうアンタが公爵夫人なのはわかったから! とにかくフェリクス様には手を出さないでって」


 お姉様が昔によく見せた、わからずやの妹をなだめるときの表情で腕を組んだとき、彼女の後ろに大きな人影が現れました。


「名を呼ぶ許可を与えた覚えはないが」


 みぞおちに響くような低い声が、屋根裏の少し冷えた空気を震わせます。お姉様がゆるゆると振り返って、両手を胸の前で組みました。


「領地のご案内でしたらアタシがっ」


「……準備はできたか?」


 黒獅子卿はお姉様を見ることもなく、私へと問いかけました。

 お姉様の振る舞いがいかに無礼であるか、お姉様本人は恐らく理解していないでしょう。私たちはこの家で、王都で通用するほどの高度な淑女教育は受けませんでしたから。


 ただ深く深く膝を折って頭を下げ、姉の分まで謝意を伝えるのみです。


「姉が無礼を申し訳ありません。準備ですが、動きやすいドレスのほうがよろしいかと思い、今しばらくお時間を頂戴できましたらと」


「アっ、アタシ、すぐ準備しますのでっ」


「いや、今日は町をぐるりと見るだけにしよう。そのままで構わない」


 黒獅子卿はお姉様の脇をすり抜けて私のそばへいらっしゃると、慣れた仕草で右手を差し出しました。指先までぴしっと揃ったその美しい所作に、私は口元が緩まないよう必死に耐えます。


 だって、どうしても不揃いなフィンリー様の手を思い出してしまうでしょう? 私はあのぎこちなさに、どうしようもないほど愛着を感じていたのだと実感させられてしまったんだもの。


 部屋を出て、エントランスへ向かう私たちにお姉様はもう何も言わず、ついてくることもありませんでした。黒獅子卿に無視をされたことで気付いたのでしょうか。遅きに失した感はありますが、このまま冷静になってもらえればと思います。


「すぐに追いかけ、離れた場所より警護いたします」


 一歩すすみ出たマチルダが私の耳元でそう囁きました。見守っていてもらえるなら、安心して歩きまわれますね。

 マチルダに見送られ、私は黒獅子卿とともにシェラルドの領地へと繰り出すのでした。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] しかし黒獅子卿、好き勝手に屋敷(?)内を歩き回ってるなあ。 他人の家やで?
[良い点] こりゃ姉貴、自分の婚約に何かあったかな? ざまぁ。
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