Mission3.王都を離れよう_04
帰って来ました、シェラルド領!
本来、王都からは片道4、5日で到達できる距離ではあるのですが、7日かかりました……。というのも、マチルダが社会勉強をせよといくつかの領地で、私を連れまわしたのです。実家に特別な予定があるわけではありませんから、別にいいのですけど。
馬車の外には懐かしくも華やかな風景が広がっています。
「チューリップですね」
「ええ。何代か前のご先祖が、他国から仕入れてこの地で育てたの。新しいものが好きな貴族たちの間で流行して、それで我が家は爵位を賜ったのよ」
マチルダもなるほどと頷きます。
流行とは廃れるもの。チューリップも今は珍しい花ではなくなり、裕福とはいえない弱小男爵家となったわけです。カボチャなどのお野菜を作り続けたのが幸いして、領地は残りましたが。
ほどなくして実家であるシェラルド家の屋敷へ到着です。王都の街並みとストラスタン邸に見慣れてしまうと、やはりなんというか、みすぼらし……古めかしいですね。
門をくぐると、見知らぬ馬車が止まっているのに気づきました。よく手入れのされた馬が4頭、馬繋場で手入れされています。
「真っ黒に金の装飾……立派な馬車ね。いったいどんなお客様かしら」
「紋章が見えますね」
マチルダと一緒に窓から覗き込みます。盾の上に乗る王冠は伯爵位を表し、両サイドには黒い獅子と黒い馬。
「あの、私にはフォーシル伯爵家のものに見えるのだけど」
「間違いありません」
「そういえばフィンリー様が、領地の調査を黒獅子卿へ依頼したと仰っていたかしら」
当家には一体どんな御用でいらしたのでしょうか。すでに調査を終えた挨拶なのか、それともなんらかの聞き取り調査なのか……。
私たちの乗る馬車が止まり、外へ出ると若い男性が迎えに立っていました。白いシャツと灰色のズボンは、きっと彼の手持ちの衣類の中で最良の上下なのでしょう。
「レイラ……か?」
「たった数か月で忘れないでよ。マチルダ、こちらは、えーっと、シェラルド家のメイドの息子のローガン。いつも、人手が足りないときに手伝ってもらうの。こちらは侍女のマチルダよ」
マチルダが折り目正しく頭を下げると、ローガンはポリと鼻の頭を掻きました。
「ど、どうも。いやだってお前、すげぇ見違えたからさ」
「お話中失礼します。奥様は長旅でお疲れですので、世間話はあとに。お部屋はどちらでしょうか」
「あっ、悪い。レイラが使ってた部屋そのままだから、えっと、屋根裏の――」
「屋根裏!」
ローガンの言葉を遮るように、マチルダが復唱しました。普通、屋根裏部屋といえばメイドの居住空間ですものね。でもこの古い屋敷では、問題なく使える部屋は多くないのです。
「私がそこがいいと言ったの。住み込みのメイドがいるわけではないし」
扉を開け、屋敷の中へと入ります。と、ほぼ同時にエントランスの脇の、応接室に続く扉が開くのが見えました。
「はぁ……、わかりました。ああ、それと。来客はフォーシル伯爵家の方と推察します。奥様がご挨拶に伺う時間をいただけるようお伝えいただけますか」
「うっす。……なぁ、この侍女の人ちょっと怖くねぇ?」
ローガンが私の耳元へ口を寄せて愚痴りました。私は曖昧に笑うことしかできません。
だって、高位の貴族に仕える元貴族のマチルダから見れば、ローガンの態度はもちろん、男爵家の娘の私室が屋根裏部屋だなんてあり得ないことでしょうから。
新たな価値観と遭遇するとき、些か攻撃的な雰囲気をまとってしまう人も少なくないものです。
「これはこれは、まさかお会いできるとは」
応接室の扉が大きく開き、中から出て来た人物がこちらへ向かってやって来ます。暗い栗色の髪、トパーズの瞳。先日の夜会でお見かけした黒獅子卿その人でした。
私は淑女の礼をとると、背後でマチルダもまた同じく膝を曲げる気配がありました。ローガンは「うわぁ」と呟きながら一歩離れます。
「初めてご挨拶させていただきます。私はレイラ・ベイラール……ストラスタン伯爵の妻でありシェラルド男爵の次女でございます」
「ストラスタン伯爵夫人、丁寧な挨拶いたみいる。俺はフェリクス・フォーシル……仕事でしばらく滞在する。よろしく頼む」
私たちの横で父であるオスカー・シェラルドが、その仕事の内容が「奇病の調査」であることを説明します。黒獅子卿の部下の方々はすでに先週のうちに到着され、少しずつ調査を進めていらっしゃるのだとか。
「ありがとうございます。私にお手伝いできることがあれば、仰ってくださいませ」
家庭教師にみっちり仕込まれた奥様スマイルで応対します。
シェラルドのために動いてくださる方におかしな対応はできませんし、これがひいてはフィンリー様の印象にも繋がるかと思えば、しがない男爵令嬢という出自に甘えるわけにもいきません。
お父様は驚いた様子で私を二度見しました。ふふん、男子は数日も会わなければ見違えるものだと言いますけれど、女子だって捨てたものではありませんことよ!
しかし黒獅子卿は少しだけ眉根を寄せます。何か間違ったかしら、と思ってももうどうすることもできません。
「ああ。領民と最も親しくしていたのが貴女だと聞いている。調査へ赴く際に同行してもらえれば、彼らの緊張もほぐれるだろう」
「ええ! そういうことでしたらなんなりと」
領民の不安感まで慮ってくださるなんて。そのためのお手伝いでしたら、私も喜んでお引き受けしたいと思います。
「では、また」
黒獅子卿はふいと背中を向け、お父様の案内で二階へとあがっていきました。自然と、私とマチルダの目が合います。
「滞在って、この屋敷にってことみたいね」
「通常であれば当然と言えるかもしれませんが、黒獅子卿がほかの貴族の屋敷で寝泊まりするだなんて、わたくしも初耳でございます」
その脇を、ローガンが私の荷物を持って通り過ぎていきました。
気を取り直して、まずは荷解きから始めましょうか。




