Holiday.お祭りに行こう_02
人込みの向こう側は、バーの前に的を並べた出店でした。どうやらバーの店主がお祭りのために外にお店を出したようです。
景品は全部で5種類ですね。バーの席料を割引するチケットだとか、ウイスキーの小瓶だとかに並んで、一等はなんと、一抱えもある大きなクマのぬいぐるみです!
「くま……?」
「娘や女房の機嫌を取るのにオレらさっきからチャレンジしてんだけどよ、ナッツばっか増えてくわ」
常連らしき男性がそう言うと、他の客もそれぞれに笑って頷きました。参加賞はナッツが数粒だけ入った小袋なんだそうです。
店の脇に並べられているクマのぬいぐるみは、毛足が長くてもさもさしています。そのせいで目も隠れてしまってますね。ふふ、まるでフィンリー様みたい。
もしあの子を持って帰れたら、これ以上ないほどの記念になる気がします!
「イイ線いってもよ、最後につい、ウイスキーに目がくらんじまうんだよな」
そう言って大笑いする人々の中で、私は店主から説明を受けます。
まん丸の板に年輪よろしく3つの大きさの違う円が描かれ、4つにエリア分けされています。外側から5点、10点、20点、真ん中のいちばん小さなマルは50点。一等をとるには100点以上が必要とのことでした。
「どうせなら一等賞を狙いたいですね」
「へえ! 今年はまだ誰も一等を出してませんから是非!」
店主から3本の投げ矢を預かって、的の前に立ちます。3本それぞれを手の中で転がして、重心や触り心地の確認を。
「いきます」
まずは一投目。的に対して垂直方向を向くように立ち、構えます。地面に平行に伸ばした腕をゆっくり曲げて引き、肘から先をパタリと倒すように伸ばす。
その過程で私の手を離れた矢は、高い放物線を描いて的の下方10点のゾーンに刺さりました。
「10点! 女の子だと力が足りないから届きづらいってのに、刺さっただけ凄いですね」
店主が拍手をしながら褒めてくださいました。でも、違うんです。
「これ、力はいらないですよね。感覚はなんとなくわかったので、次は大丈夫ですわ」
「へぇ?」
矢が軽いせいもあって、無意識に手を離すタイミングが早くなってしまいました。でも軌道も確認できましたし、もう間違えません。
先ほどと同じように私の手を離れた矢は、今度こそ50点のゾーンへ刺さりました。といってもギリギリのところでしたから、まだリリースのタイミングは早いようですね。
「すげええええええ!」
見守っていた方々から歓声が上がります。店主も目を丸くして手を叩きました。後ろに控えていたフィンリー様を振り向くと、虚空を見つめながら拍手をくださいます。ほんとに見てました?
「では最後ですね」
三投目に必要なのは冷静さ。これを決めねば一等を逃してしまう、というプレッシャーを跳ねのける精神力です。なぜなら、少しの力みが軌道を大きく変えてしまうから。
つい、チラっと景品が並ぶ棚のクマに目をやってしまいます。
やっぱりどう見てもフィンリー様です。かわいい。
大きく深呼吸してから、もう一度背後を振り返りました。眼鏡の反射もあって見えづらいですが、フィンリー様の瞳は的を見据えているようです。うん、大丈夫、私は成功します。
「うおおおおおおお!」
矢が二投目の矢のお尻をかすりましたが問題なく50点ゾーンをマークし、観覧していた方々の熱狂が溢れました。
ちょっぴり悔しそうな店主から一等のクマを受け取ります。そして私とフィンリー様は、後に続けとばかりに盛り上がる人々をかき分けて、店から抜け出したのです。
「やった! やりました!」
両手でぎゅっと抱えたクマに顔をうずめます。とっても柔らかい。
けれど一通り感触を楽しんだあとで、フィンリー様がクマを取り上げてしまいました。
「か、抱えてたら前がみっ、見えないでしょう。ぼ、僕が持ちますから」
フィンリー様は左手にファッジとクマを抱えて、右の肘をそっと私の方へ差し出します。視線こそ合いませんが、そのお顔の向きで「掴まれ」と言っているのがわかりました。
なんでこんなにかっこいいんでしょう?
また頬が熱くなる気配を感じ、フィンリー様の右腕につかまりながら俯いて顔を隠します。
「しかし、す、凄いです。レ、レイラさんにまさかダーツのここ、心得があったとは」
「いえ、ダーツはお父様から禁じられてました。男の賭け事だからと。でも、実はナイフ投げがとっても上手なんですよ」
「ナっ、ナイ――」
護身用に、そして領民と共に狩りに出掛けた際の解体用に、幼少時からナイフの扱いを教わっていました。さすがに投げるのはお父様に叱られますが、子供というのはダメと言われることほどやりたがるものです。
そんな話をしながら街を散策するうち、時計台の鐘が夕刻を知らせました。次回はアクセサリーショップへ行こうか、それとも屋敷へ呼ぼうかなんて話しながら、私たちは帰路につきます。
フィンリー様の意外な一面リストに、今日は付け加えないといけないことがたくさんありましたね。これもまた、クマに負けず劣らない大切な思い出です。




