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(どこだ…?ここ…。)
コツ、コツと足音が聞こえてきたため魔力を使って姿を消す。バンっと大きな音を立て部屋に入ってきたのは『俺』だった。
「あーもー、さっきからお前うるさいんだけど。」
「私だってこんなこと言うためにここに来たわけじゃないのよっ!!」
耳に指をツッコみ顔をしかめている『俺』と、その横で目くじらを立てているのはアニッサだ。
「あんたねぇ、ここ最近酷いわよ。いい加減見てらんない。」
「んじゃ見なければ良いだろ?」
「そういう意味じゃないってことぐらい分かってんでしょうがっ!」
執務室にある大きな机に座ると行儀悪く長い脚を机に乗せ、頭の後ろで腕を組む俺にアニッサが怒りのままダンっと机を叩いた。
「いい加減にして。あの子のことを尊重して今まで何も言ってこなかったけどもう限界。」
「いや、今までもけっこううるさかったけど。」
「黙れ下種が。……あの子が望んだら私、掻っ攫うから。」
「……。」
無言で踵を返して出ていくアニッサに何も言い返さない『俺』。アニッサが俺にキレる事はよくあることだが、あんなに感情を乱してブチギレているのは珍しい。
(…あの子…?)
先ほどの会話も気になるが、『俺』が足を乗せている机でキラキラと輝いているプレートには『組合長』と書かれている。
もしかして魔導士組合のトップにでもなったのだろうか。面倒臭そうだから絶対やりたくないと思っていたのに。こういうのはクリフの専門だ。――まぁ、実力で考えれば俺が一番適任でもあるけど、トップの器じゃない。
――コンコン
「何を考えこんでるんだ?」
「……別に…。」
「はいはい。」
開いたドアに寄りかかりながらノックをしたのは今しがた考えていたクリフだった。相変わらずの面々に俺は少し安堵する。
「これ、次入学する学生のリストで、こっちは組合に入る卒業生のリスト。」
「……。」
「学園長が入学式には参加しろ、だってさ。」
「……めんどくさい。クリフが行ってきて。俺は身体動かしたいんだけど、どっかで魔物湧いてねぇの?」
「お前が片っ端から片付けるもんだから逆に困ってるんだけど。下の子らの経験を奪わないでくれよ。」
「……。」
「………一つ聞くけど、いつの間にカリナ・バタフライと仲良くなったんだ?」
「あ?…誰?」
「いや、一昨日の建国祭でお前がパートナーにしてた子だよ。」
「あー……、誰だったかな…。」
「カリナ・バタフライ。イリノスの魔法使い。」
「…あんま覚えてない。」
「はぁ…、勘弁してくれ。あの子イリノスの貴族だぞ?」
どうでもよさそうな表情で肘をついて宙を見る『俺』にクリフが項垂れた。
グラン国とイリノス国は隣国でありながら魔力の使い方が違うためあまり仲良くはないのだが、未来ではグラン国の建国祭にイリノスの貴族が来るほど仲良くなったのだろうか。
「あの子、何度か塔にやってきてお前に会いたいって騒いでるんだけど。」
「マジで覚えてねぇ。」
「ヤッたかヤッてないかも?」
「……………一昨日の女ならヤッたカモ…。」
「はぁぁ……。」
クリフが何度目かの大きなため息を吐いた。
「その子が純潔を奪われたから責任を取ってくれだって。いい加減俺もかばえないよ。」
「……消すか?」
「イリノスの貴族だって言ってるだろ?」
「国際問題はごめんだよ。」「自分で撒いた種なんだから自分で何とかしてね。種だけに。」などと下世話なジョークを交えながらクリフはソファーにドカッと座って指を鳴らした。ここで休憩でもするのだろうか食器棚から茶器やティーポットが浮かびローテーブルへと並び始める。
「で…?何を考えてた?」
促されるままに『俺』はクリフの正面のソファに座り紅茶を手に取った。飲むことはせずにじっと紅茶を眺めている。
「……アニッサが…、」
「…?アニッサ?」
「…ソフィアが望んだら搔っ攫うんだと…。」
「……。それについては同感だね。」
「…!」
「エイデン、君の気持ちも分かるけど、こういう状況になって何年だ?パトリックにも申し訳ないと思わないのか?」
「……。」
「ソフィアの気持ちにもなってみなよ。毎日家に帰らず、違う女をとっかえひっかえしている旦那。自分は家から出られずに退屈な日々を過ごしてさ。…正直、ソフィアの力は組合にとって欲しいほどの人材だよ。そろそろ外に出しても良いんじゃないの?」
「外に出して怪我でもしたらどうする。それにソフィアにばれないようにやってる。」
「ソフィアはそこまで弱くはない。あと、女の勘は鋭いよ。」
「…。」
「理由はそれだけじゃないだろ?」
「………ソフィアが離れていくのが嫌だ。」
「…どういう意味?」
「ソフィアが外の世界に出て誰かに惚れたらどうする?俺の傍から離れるなんて考えるだけで無理。」
「何で誰かに惚れる前提なんだよ…。」
「……。」
「パトリックも来年アカデミーに入るんだから、産休・育休を理由にソフィアを家に閉じ込めることはもう出来なくなるよ。」
「………じゃあアカデミーに入れないでこのまま俺が教える。」
「それは贅沢な授業だな。でも、そんなこと出来ないって分かってるだろ?組合長さん。」
「…。」
『俺』とクリフの会話に俺は驚く。
(ソフィアが居るのに…、俺が女をとっかえひっかえ…?…どういうことだ…?)
「いい加減、家に立ち寄れば…?」
「………無理。」
「なんで?」
「ソフィアを見たら我慢できなくなる…。マジ何でヤル前に気づかなかったんだよ…。ソフィアの身体を知らなければもっと上手く立ち回れた…。」
「………はぁ…、その様子を見るに遅かれ早かれお前はソフィアと距離を置いたな。…毎晩ネグリジェ姿のソフィアを見てみなよ。同じ屋敷に居られるか?」
「…………無理。」
「…お前らに圧倒的に足りないのは会話だよ。…ソフィアと最後に会話したのいつ?」
「……3ヶ月前、ぐらい…?」
「それ、挨拶とか報告は含まれないよ。」
「…………覚えてない。」
「…はぁ…。…いい加減素直になりな。今あるものが一生そこにあるとは限らないんだぞ?」
『…!?』
クリフの発言を最後に急に『俺』が消えた。残されたクリフは優雅に紅茶を飲み始める。そして紅茶を持つ反対の手から現れた新聞を見てクリフは再び溜め息を吐いた。
「…ほんと、いい加減にしてくれよ…。」
『天才魔導士:エイデン・デュ・シメオン 治癒の女神:ソフィア・メイフィールドと破局か!?』
『次のお相手はイリオスの魔女!密な一夜を過ごす…!?』
「不器用にも程があるだろ…。」




