第3話『幼馴染で恋人のまれちゃん』☆
この世界の男女比はとても偏っている。
俺の住んでいた世界とは比べ物にならないくらいに男性が少なく、女性が多い。
世の中には女性が多くを占めており、テレビに映るのはもちろんほとんどが女性、役者や芸人。アイドルにスポーツ選手もほとんどが女性だ。
もちろん中には男性もいるが本当に稀である。
テレビドラマの男役のほとんどが女の人によって代役をしている、超有名監督が手掛ける作品やスペシャルの時なんかにたまに出演するくらいだ。
そうでないと引っ張りだこすぎて身体が持たないのだろう。
スポーツも野球やサッカーといったものはあるが全て女性選手だ。
男性が存在するスポーツは全て個人競技の卓球やテニスなど、チーム競技するほど男がいないからだろう。
そして転生してからまだ男の人を生で見たことがない。
そもそも俺が住む地区に男の人は俺以外にいない。
母さんは人工授精で俺たちを産んだため、結婚もしていないから父親は居らず、現在通っている中学校も全員が女子生徒。何処も彼処も女性でありふれている。
来年進学する高校は既に決まっており、同じ学校に通う姉さん情報だと男子が1クラスに二人は存在するようだ。今から他の男子に会える時が楽しみである。
ちなみに試験は自己採点で壊滅的だった。
学生時代から何年経ってると思ってんだ、今更高校受験時の内容を覚えているわけがないだろう。
本当なら幼い頃から努力して、周りからもチヤホヤされる超エリート……なんてものを目指すべきだったんだが。
今の俺の環境は以前のように勉強を頑張らずとも、周りの人が常にヨイショしてくれる。
この環境で昔のように頑張れるわけがなかった。
やらなくても誰も叱らない、常に褒め讃えてくれるこの環境で俺は完全に甘え切ってしまっていた。
――人間というのは楽を覚えると一気に堕落する生き物である。
そういうわけなのでさすがに彼女らと同じ所は落ちたと思った。
男子と言えど、男子枠にも限りがあるのでわりと難関らしい。
ちなみに女子側は超難関、国内屈指の名門校らしい。
そんな学校に受かった姉さんすげぇ……、あと母さんもOGらしい、すげぇ……。
姉さんや中学の友達、そして愛する彼女と同じ学校に通えないな……と、自己責任ではあるが死ぬほど落ち込んでいた時、何故か合格の通知が来た。
――なんで?
もしかすると男という存在なだけで志願書を出せばそれだけで合格なのかもしれない。
いやでも、男でも難関だって言っていたような……。
まぁ、いっか。
ここは本当に男にとって都合のいい世界である。ますます怠惰で過ごしていきそうになってしまう。
こういう感じで既に人生イージーモードと化していた。
これが人生ガチャSSRってやつですか。
この世界でならきっと、俺の夢であるモテたいという願望も……叶えられる!
まぁその夢は……。
「みんなおはよう」
『プリンスおはよう!』
既に叶っていた。
「今日もプリンスはかっこいいね!」
「あはっ、ありがとね」
「昨日妹とクッキー焼いたんだけどよかったらもらってくれるかな?」
「おぉ、有難く頂くよ、前橋さんの妹さんは芽美がお世話になってるからね、よろしく言っておいてくれる?」
次から次へと女の子から声を掛けられる。
あれ程憧れたモテモテな自分、それがただ男であるというだけで簡単に手に入ってしまった……。
なんだろうこの虚無感は、主に前世に対して。
とはいえやはりモテているのはとても気分が良い、遠くから見ることしかできなかったあの時の光景が自分に置き換わっている。
このクラスには一人しか男子がいな、いや学校内に俺一人しか居ない。
この地区では男子が本当にいないのだ。
彼女たちも希少な男子と話したいのだろうからひっきりなしに声を掛けられる。
まるで聖徳太子のように話を聞き分けるのは、一見大変そうに思えるが、女の子に話しかけてもらえるというだけで男子はウキウキする単純な生き物なので問題はない。もちろん一ノ瀬恵斗のド偏見である。
そもそも『女の子に優しく』を座右の銘に掲げている自分にとって、彼女たちを蔑ろにする気はさらさらない、しっかり話を聞いて目を合わせて笑いながら返事をするのだ。
これは前世で読んだ、人から好感を得られる方法という本に基づいての行動だが。
こうした反応が好感に繋がっているみたいで、クラスメイトたちから受けはかなり良い。
みんなに恋愛的とは言わないが、好かれている自信が正直いってかなりある。
あぁ、これぞ夢焦がれたモテモテライフ!!
――実は子供のころにモテる夢を一時期諦める、というか止めたい前の世界に帰りたいと思わせる出来事があったんだけど、その話はまたどこかで語るとしよう。
と、そんな中自分を囲む輪が突然崩れ、扉に向かって道のように広がっていく。
目を向けるとそこを歩いてきたのは、艶のあるプラチナブロンドの髪をしたセミロングの女の子、俺の幼馴染の早川希華がやってきた。
「きたわ、早川さんよ」
「道を空けなきゃ、一ノ瀬君に嫌われちゃう」
彼女たちは連帯感良く、まるで軍隊かのように洗練された動きで列を作った。
すごいなおい。
「いやいや……そんなことで俺は嫌ったりしないって」
「ダメですわ、早川様を悲しませるとプリンスが傷付きますからっ」
「まぁ……、まれちゃんが泣いたら俺も泣くだろうけど」
「プリンスと早川様はイコールで成り立っていますの、だから早川様が喜べばプリンスが喜ぶ、早川様が悲しめばプリンスが悲しむ、その逆も叱り。私たちはプリンスと早川様にずっと笑っててほしいんだから!」
「あ、うん、なんかありがとね川崎さん?」
「はぁっ……呼んで頂けた……っ」
『総長ーっ!?』
川崎さんが昇天したように仰向けに倒れてしまった、周りの友達が『総長しっかり!』と呼びかけ『総長って呼ぶな……っ』と川崎さんが返事をした。
てか総長ってなに……。
とりあえず、俺の知らない彼女たちによる謎の決まりがあるらしい、気づけば完璧な列が出来上がっていて誰が用意したか知らないけれど赤い絨毯まで敷かれていた。すげぇな。
そして俺の前に立った彼女……早川希華はニコッと笑い。
「けーくんおはよう~」
例えるなら大輪の花が咲いた笑顔、声を掛けた彼女は俺にいつもの挨拶で……ぎゅっと抱き着いた。
「おはようまれちゃん、今日は時間に余裕あるね?」
「うん、今日はいつもより早く起きれたんだ~」
「そっか、えらいえらい」
「えへへ~、ぎゅ~っ」
可愛さ、癒しの塊、全てを兼ね備えた最強の女の子がこの子、早川希華こと『まれちゃん』だ。
いつものように抱きしめた後に、優しく彼女の頭を撫でる。
絹のように滑らかで、丁寧にケアされたその髪は、指を通すたびにしっとりと心地よい感触を残している。
そして女の子の柔らかで、華やかな匂いが俺の鼻を擽った。
「はぁ……尊いっ」
「これよこれ、朝はこれを見なきゃ始まらないわ」
「あたしこれを見るためのおかげで今日まで皆勤賞なのよね」
「総長起きてっ、浄化の時間ですよっ!」
「総長言うなって……はぁっ、尊い……」
列になっていたクラスメイトは再び輪になっていた。廊下へ目を向けると他クラスメイトが教室を覗き込むように集まっている。
なぜなのかわからないが俺とまれちゃんが抱きしめ合うのをみんな毎日見に来る、それもクラスだけでなく他クラスや下級生まで。
「けーくん、わたし今日早起きするのがんばったよ、だから……ね?」
「あぁ、わかったよ。よくがんばったねまれちゃん」
上目遣いで物欲しそうに俺の目を見据える。
彼女はとにかく朝に弱い、登校してくる時は大体予鈴5分前くらいだ。
初めの頃は毎日迎えに行ってたりしたのだが、いくら揺すったり肩を叩いたり、大きな音を立ててもまるで起きることはないし、起きたとしても完全に覚醒するまでは何もできないのだ。
そういうわけなので1か月くらいで毎朝一緒に登校するのはお互いに諦めた。
もちろん遅刻したらまずい時とかは迎えに行くのだが、その時にまた苦労することがあるのでそこはまたいつか語ろう。
そんな彼女がいつもよりだいぶ早く登校してきたのだ、いつもの挨拶に加えてご褒美の要求をする。
もちろん俺は拒むことなくそっと彼女の唇へキスをした。
「きたーっ!」
「プリンスのご褒美が朝から見れるなんてっ」
「はぁ~眼福。今日も一日勉強捗るわ」
「私プリンスの挨拶見ないと過呼吸起きちゃうんだよね」
「多分アンタがこの学校で一番の中毒者ね」
「ねぇっ! 早川さんがもう来てるってチャットあったんだけどっ、もしかしてもう……!?」
「残念でした、今朝のプリンスと早川さんの挨拶は終わったわよ、今日はご褒美付きのレア日で」
「ご褒美の日!? うそでしょ……朝からプリンスのプロマイド見て鼻血出して転んで制服の着替え直しがなければ間に合ってたのにぃ……っ」
「朝から何やってんの」
周囲の騒がしくなってきたが、今も関係なしに腕の中のまれちゃんはにこにこ笑っている。これがいつもの俺たちの挨拶でクラス、いや学校中の名物になっているものだ。
家族には挨拶とごほうびという名目でハグだけをしているが、彼女だけは少し違う。
おはようとさよならでは同じようにハグをするが、頑張った時はご褒美にキスをする。
もちろん、俺が頑張った時は彼女からキスをしてくれる。
これは早川希華という少女が俺の幼馴染であり、恋人でもあるからこその特別なことで、昔から彼女と約束したことだからだ。