第16話『勇気のなかった野球少女』☆
リメイクに伴いタイトル変更しています。
『言葉の代償』→『勇気のなかった野球少女』
『けーくん、大事なお話があるから東葛公園まで来てください』
佐良さんたちと教室に荷物を取りに戻るとスマホにチャットが来ていた。
そこに書かれていた内容を確認した俺は過去にないぐらい動揺していた。
「王子様震えてるけど、どうしたのかな?」
「おなか痛いのかな?」
「なんか怖がってる感じするよ?」
クラスメイトたちが何を言ってるのか聞こえない、とにかく俺は焦っていた。
「ねぇ、王子どうしたの?」
「顔色わるいですよ?」
「……?」
共に戻ってきた彼女たちも心配そうに様子をうかがってくる。
だが今は彼女たちに返事が出来る状態じゃない。
もう一度文面を見返す。
『けーくん、大事なお話があるから東葛公園まで来てください』
え、怒ってる……?
この『来てください』って所が冷静に感情を押さえているようなそんな感じにしか見えない。
も、もしかしてEクラスだっていうのにヘラヘラ浮かれてるのが気に障ったのか?
で、でも卒業式の時に『いろんな子に優しくしてあげて』って言ってたよな……。
じゃあ朝の電車の騒ぎがまれちゃんの耳に入った……?
でも、アレって俺が勘違いしてただけでこの世界的には俺は被害者的な扱いになるんだよな……。
違う、このふたつはきっと違う。
と、なると、やはり……。
「理奈に勘違いされたアレのことかな……」
佐良さんが転ぶのを防ぐために抱き止めたあの時……。
クラスの盛り上がりっぷりに理奈が苦情を言いに来た、あの光景だ。
それがまれちゃんの耳に入って、それでこのチャットが……。
「ね、ねぇ……俺が離れてる間に、誰か女の子が来たりしなかった?」
「あ、そういえばAクラスの早川さんって人が訪ねてきてたよ」
「赤髪の女の子もいたかな、なんだか元気がなかったけど」
あ、確定だ。
事情を聞いたまれちゃんが、理奈と共にやって来たということだろう……。
佐良さんとの問題が片付いたばかりだが、まだまだ気の休まる所ではなく思わずため息が出る。
「だ、大丈夫王子様……?」
その様子を見たクラスメイトが心配そうに声を掛けてくれる。
えーとこの子は確か……。
「大丈夫、心配してくれてありがとね中村さん」
「え……、私の名前覚えてくれたの?」
「もちろんだよ、まだ名字だけだけどみんなの名前は覚えたよ」
信じられないといった様子で、手に両手を当てて驚く中村さん。
「う、うそ……、男の人がさっきの自己紹介だけで名前を憶えてくれるなんて……っ!?」
「本当に王子様だぁ……っ」
「わたしEクラスでよかったかも」
そんな驚かれるようなことなんですかね。
……いや、今思い返せば中学の時も大層驚かれたような気がする。
この世界の男の人、女の子にどんだけ冷たいのさ。
ふとしたことでクラスメイトの評価が爆上がりしていることに喜びを感じつつも、まれちゃんに呼ばれているので急いで向かわないといけないな。
クラスメイト達に別れを告げ、足早に学校を出たのだった。
――
東葛公園とは駅から少し離れたところにあっていろいろな思い出がある。
昔幼かった頃、外へ出られるようになってからまれちゃんとよく遊んだ場所でもあり、今では理奈とキャッチボールをよくここでしている。
なによりも、まれちゃんに助けてもらったあの日から、恋を自覚したあの日以降彼女に告白をしたのはこの公園だった。
駅へ着き、急いで公園へ向かうと敷地内のベンチに座ったまれちゃんを見つける。
ここから見た感じでは今彼女がどういう表情をしているのかわからない。
歩み寄る前、一旦一呼吸置いてから改めて彼女へ話しかける。
「まれちゃん」
声を掛けた俺に気づいていないのだろうか、彼女は依然として下を向いたままだ。
「ま、まれちゃん……?」
今度は恐る恐る声を掛ける、しかし反応はない。
――ど、どうしよう……。
声を掛けても返事をしてくれないなんて今までなかった。
いつも『なぁに、けーくん?』と天使のような微笑みを返してくれるのに……。
ということはそれだけ怒ってるということなんじゃないか。
ふと文面を思い出す。
大事な話って……、も、もしかして別れ話!?
目の前が絶望に染まる。
な、なんだこれは……。
突然身体が重く、呼吸が出来ない位に苦しくなる。
実際にはそんなことは起きていないが、そう思い込んでしまうくらいに何も考えられなくなってしまった。
朝はあんなにも幸せだったのに……、俺はもしかして夢でも見ているのだろうか?
とりあえず……死ぬか。
今まさに死を決心した俺の心境を打ち破るように、待ち望んでいた『けーくん』の声が。
「ごめんね、ちょっとウトウトしちゃってたよ」
てへっ、と舌を出しながら困ったように笑うまれちゃん。
可愛いなぁ……。
一瞬で絶望に染まった闇が、明るい光へ変わっていった。
改めて彼女を見つめる。
まれちゃんの表情はいつもと変わらない優しい笑顔。
あれ、怒って……ない?
「どうしたのけーくん、なんだかいつもと違って緊張しているように見えるけど」
「いや、えーと……」
正に図星を突かれ言葉が出ない。
そんな俺を気にすることなくまれちゃんは続けていった。
「もしかして、チャットを見てわたしが怒ってると思った?」
「は、はい……」
別れ話を切り出されるんじゃないかと思いました。
「もちろん怒ってるよ」
「うぇっ!?」
本当に怒ってた!?
いつものように可愛らしい笑顔で怒っていると伝えられた俺は、思わず変な声が飛び出てしまった。
「けーくん、わたしがなんで怒ってるかわかる?」
まれちゃんは笑っていると思ったが、よく見ると目が全然笑ってない。
背後に鬼が立ってるような、そんなオーラがひしひしと伝わってくる。
お、怒ってるのって、やっぱり理奈を誤解させてしまったことだよな……。
で、でもあれは抱えてあげないと佐良さんが頭をぶつけてしまっただろうし……、俺はどうすればよかったんだ。
傍から見れば浮気した男が弁明を考えているように見えるだろう。
と、とにかく何かを言わなければ……。
そう決意した時、さっきまでの鬼のオーラが鳴りを潜め、いつもの穏やかな彼女に戻った。
「ごめんね、けーくんに勘違いさせちゃったね、わたしが怒ってるのりなちゃんに対してなんだよ」
「……へ?」
り、理奈に対して……?
どうしてまれちゃんが理奈に怒っているんだ……?
「わたし散々言ったんだもん、早くけーくんに告白しなよって」
「え、こ、告白!?」
「あ、これ言っちゃダメだった」
まれちゃんは『しまった』と言った感じで慌てて両手で口を塞いだ。
やがて『けーくん、今の忘れて♪』と右目でウィンクしながらお茶目にそう言ったのだった。
あ、可愛い、死ぬ。
思わぬところで大ダメージを受けるのだった。
「えーと、けーくんが忘れてくれた所で、続きを話すね?」
本気で俺が忘れると思ってる。
か、可愛いが過ぎるぞまれちゃん……っ!
「りなちゃん、クラスの自己紹介が終わった頃かな、けーくんの所もやったと思うんだけど」
「あ、あぁ……」
「その後くらいにわたしのクラスに来たの、けーくんを迎えに行こうと思ったからちょうど良かったんだけど」
まれちゃんは口元に人差し指を当てながら、その時を思い出すように話を続ける。
「りなちゃんがね『けーとが女の子と抱き合ってた!』って言ってたの」
完全に佐良さんを抱き止めた時のことだわ……。
やはり理奈の中では抱き合っているように見えてしまったんだろう。周りの空気もそんな感じだったしな。
「わたし呆れて言っちゃったの『けーくんが今更誰と抱き合っててもおかしくないよ』『これからけーくんはもっともーっと色んな女の子から求められるようになるんだから!』って」
「え、えぇ……」
思わずまれちゃんの言っていることに引いたような返事をしてしまった。
いやまぁ……確かに女の子にモテたい、チヤホヤされたいって自分で言ってたけど。
自身の恋人にそう言ってもらうことになるとは思いもしないよな……。
「ま、まれちゃんはその事について……怒らないの?」
「え、なにが?」
「いや、君の知らない所で他の女の子と抱き合ってることに……、いやもちろん誤解なんだけどね!?」
「ふふ、へんなけーくん」
クスクスと笑うまれちゃん。
彼女は怒ることもなく、さも当然と言った形で俺に伝えた。
「けーくんはこれからたくさんの女の子とお付き合いするんだから、そんなことで嫉妬なんかしてられないよ」
「いや、まぁ……たしかにそうなの……かな」
「けーくんは既定の三人だけに留まらず、もっとたくさんの女の子と結婚することになるってわたしは思ってるよ」
彼女からの全幅の信頼に思わず胸が熱くなる。
ただまれちゃんは『でもね』と付け加えた。
「前も言ったけど……わたしが一番だからね?」
「……っ」
そう言って俺を上目遣いに覗き込み、最後にウィンクひとつ受け思わずたじろぐ。
なんだか今日は彼女に色々と弄ばれてる、そんな感じがする。
「だからね、結局また言っちゃうけど『早く告白しなよ、けーくんから見向きされなくなっちゃうよ』って言ったの、そしたらりなちゃん素直じゃないからちょっと言い合いになっちゃって……。喧嘩別れしたからそのままの気持ちでけーくんに冷たいチャットを飛ばしちゃった、ごめんねけーくん」
つまり、まれちゃんはこれを伝えるために俺をここに呼び出したということか。
「ここまで言ったらなんとなくわかってると思うけど、りなちゃんはけーくんのこと好きだよ」
「そう、みたいだね。最近まで俺……理奈の気持ちから目を背けてたよ。理奈は友達なんだって勝手に思い込んでた」
「しょうがないよ。りなちゃん、けーくんのこと誘うのに野球以外出来ないから。あれじゃあただの友達だと思っちゃうよね、ホントはけーくんのこと好きで好きでしょうがないくせに……素直じゃないんだから」
そう言ってまれちゃんは仕方なさそうに眉をひそめて笑った。
「言い合いになる前にね、りなちゃん泣いてたよ『どうしてアタシじゃなかったんだろう』って……」
「……まれちゃん、俺」
そのことを聞いた時、一刻も早く理奈に連絡しないといけない。
そういう風に思わされた。
もちろんまれちゃんはそれをわかっていたようで。
「りなちゃんのこと、よろしくね?」
「うん、まかせて」
そう言って俺は急いで家へと戻った。
部屋に戻った俺は……彼女へとスマホの連絡先から電話を掛ける。
「理奈に大事な話があるんだ」