第9話 ユウノ・グラッセスの体
「うーん、あの人はなんだか嫌だなぁ」
『何をえり好みしておる、誰でも良いのじゃ』
「どうせ変わるなら──」
『あの者にするのじゃ。トラブルの臭いをプンプン感じるぞ』
妙なところで死んでいる男、体には傷一つ無く倒れている。
「毒……か……」
毒を使いすぎて臭いで分かるようになった僕の特技、周囲に漂うこの感じは毒殺されたのだろう。
「トラブルで死んだ人と入れ替わったら目立つんじゃない?」
『良いではないか。その方が楽しそうじゃしな』
「さっきはトラブルを避けろって言ってたと思うんだけど」
『なんか言ったじゃか?』
「いえ……なーんにも」
鋼化糸で首を切り落とし異空間に収納。、変化を使って彼の頭部に擬態した。
「凄いぞ! 体内を通して手首から糸が出る! 蜘蛛男になった気分だ」
『何なのじゃ蜘蛛男とは…………ふむふむ、主たちの世界にはこんな娯楽があるのじゃか。暇な時は覗かせてもらうぞ』
「ちょ、止めてよ。人の過去を勝手に見ないで」
『気にするでない、どうせ碌でもない人生を歩んで来たのじゃろ』
まったくー、確かにそうかもしれないけど……それにしても体が動かしにくい。歩くのがやっとだ。
ぎこちないけど新鮮だなぁ、視点は高いし視える景色もぜんぜん違う。やっぱり人間っていいなぁ。
思った通りに操作は出来ないが気分は爽快。上層の魔物が次々と襲いかかってくるが手首から放つ鋼化糸で無双状態、ヒーローにでもなったようでテンションが上がった。
「やっぱり指先から出した方がカッコいいかもしれないなぁ」 (ヤー)
十指から鋼化糸を放出させて襲い来る魔物をなぎ倒す。粘着糸を混ぜたり毒化糸を混ぜたり色々と試した。
「ふむ、僕の持つスキルは使えるけど、操作している体のスキルは使えないんだ」
『当たり前なのじゃ。生き物は死すると『宿る力』が抜けるでな。3分経つとただの肉塊となるのじゃぞ』
「なんで3分なんだろう」
『そういうものだ。死者蘇生で戻せる時間も3分までだからのう』
最大レベルが3分だとすると、1レベルあたり18秒か……ウルドが居なかったら手足が切断された時にそのままだったってことか。 (ウー コワッ)
『ただ、主の体は死者として生きておるでな、頑張ればレベルも上がるはずじゃぞ』
「ウルドはこの体の名前や生い立ちって分からないの? 過去を司る神だったらなんとかなるんじゃない?」
『馬鹿言うでない、この世界で相手を知るためには同意が必要なのじゃ。さっきも言うたがその体からは宿る力が全て抜けておるので同意は得られん』
そっか……じゃあ迷宮で頭を打って記憶喪失になったということで警察に保護してもらえばいいか……この世界に警察という組織がいるかは不明だけど。
《死者操作が1上がりレベル2となりました》
おー、なんとなく動かしやすくなった気が……しなくもない。
「そういえば上層の魔物を倒してるのに体のレベルが上がらないね」
『当たり前なのじゃ、体は何もしてないのじゃからのう』
「同じパーティーに入っていると一緒に経験値が入ってレベルが上がるんじゃないの」
『主、自分で経験値と言っておるではないか。体が何の経験をしたと言うのじゃ』
そういうことか、都合よく石を投げれば良いかと思ったけどキチンと経験を積ませないとダメだということか。
襲い来る魔物を網化糸で捕まえてサンドバックのように殴らせてみた。幸か不幸か痛みは全く感じない。
《レベルが1上がりレベル2となりました》
「お、レベルが上がった……このまま殴り続ければどんどんレベルが上がるんじゃね」
しかし低レベルの体で魔物を殴ったせいか拳がぐちゃぐちゃしていた。
「あああああ、『死者蘇生』」
ぐちゃぐちゃだった拳がキレイに治る。
『手の傷は治ったがレベルも戻ったようじゃな』
「うううううう」
『大丈夫なのじゃ、記憶はきちんと残るぞ』
コツコツレベル上げすること数日、弱らせては一発殴って鋼化糸で倒し一発殴っては鋼化糸で倒す。そんなことを繰り返した結果、体のレベルは3、拳はLV5まで上がった。おまけに『死者操作』のレベルも1つ上がってLV.3になっていた。
「どうもレベルの上がりが悪い気がするなぁ」
『そうじゃろうなぁ、それが普通の成長速度、主のスキルが特別なのじゃ』
「それと何より体が重い! 普通に動かせるのはいつになることやら……」
『死者操作をそんな使い方するやつはおらんでのぉ~、人族からは忌み嫌われるスキルな上に死者を捨て駒や盾として使うのが普通じゃからの』
そうだったのか! 確かにこんな面倒なことをしてレベルを上げるのは効率悪い……死者操作を切れば数分で『宿る力』が抜けてステータスリセットされるってことだもんな。
「ほら! 死者蘇生と言えばアンデット化させて強力な魔物に変えるとか……死者の王を召喚して世界を滅ぼすとか……」
『ちょっと待ってるのじゃ!』
……………………
「ウルドさーん、どうしましたかー」
『待たせたのじゃ。主のラノベとかいう記憶を覗いてきたぞ。主の言うアンデット化と言うのは『生ける屍』というスキルじゃな、死者の王を召喚するには『召喚』スキルを獲得して契約を結ばねばならん』
「一体どれだけのスキルや魔法があるの? この世界って」
『主は勘違いしておる。魔法もスキルのひとつじゃ。炎を扱うのも精霊を呼び出すのもスキルなのじゃ』
考えてみたらこの世界って迷宮しか知らないんだよなぁ。外の世界ってどうなってるんだろう。
外界から差し込む光、僕がこの姿になってから何年経ったのだろう。この場所この風景、いきなり老人に蜘蛛レオンに命を移したって言われたんだったよなぁ。
まさかレベル62になってこの迷宮を出ることになるとは……しかも人の姿で……。
迷宮を一歩出ると太陽の光が僕を照らす。久しぶりだなぁ、生きてるって感じがするよ。
『我も外界を見るのは久しいのぉ、何十年……いや何百年振りか』
「ウルドは一体何歳なのさ?」
『女性に年齢を聞くものではない、それはどの世界線でも同じことなのじゃ』
迷宮で過ごす内に性格も随分と変わった気がする。女性に遠慮なく年齢を聞くなんて出来なかったもんなぁ。今ならウルドに体重さえ聞ける気がする。……怒られるの分かってるからやらないけど。
「ユウノ……さん?」
中学生くらいだろうか? (この世界に中学校があるのか分からないが)ふたりの女の子が幽霊でも見るような目をしていた。
「君たちは誰?」
ユウノって僕のことだろうか……。
そういえば僕の声はキチンと彼女たちに届いているのかな。
『それは問題ないぞ。人形に変化すればその言語を扱えるようになる。都合の良い設定じゃな』
「私よ私、バハーラよ、こっちはメイレーン。忘れちゃった?」
「ユウノさん……? どことなく雰囲気……変わった?」
うーん思い出せん……と言うより知っている訳がない。
「ごめん……迷宮内で何かあったようで昔のことが全く思い出せないんだ」
「それは大変! 直ぐに街に帰りましょう。私たちはこの辺りで戦闘訓練をしていたの。運が良ければ経験値が美味しい蜘蛛レオンが出てくるらしいから」
「うん、私たちも早く一人前になりたいからね。ユウノさんのように強くなりたいもん」
血縁長から破門にされたとは言え、蜘蛛レオンを討伐したいって言われるのは良い気がしないな……でも、彼女たちからすればはぐれ鉄スライムを探すようなもんなんだろう。
「ほらほら、早くこっちにおいで。身なりもボロボロになってるし早く帰って休んだほうが良いわ」
ふたりに言われるがまま馬車に乗せられた。こうして僕は迷宮を離れ世界を知ることになるのだった。