第5話 死霊法師アウラ討伐
『よくやった。お前も随分と強くなった。にっくきアウラを倒してこの迷宮の平和を取り戻すのだ!』
ネフィリムの言うアウラとは迷宮の最下層に住む死霊法師である。この迷宮の平和を乱し我が物にせんと企む者。
「絶対に倒すぞ、僕とネフィリムがいれば勝ったも同然だ!」
キラリと歯が光りそうな笑みを浮かべてサムズ・アップするネフィリム。空気が震えるほどの雄叫び、「うぉぉぉ! 今度こそー!」
最下層の奥へと向かっていく。ネフィリムの姿を見た魔物たちが逃げていく様を見ていると、まるど花道を歩いているようだった。
物々しい入口、死霊法師の名に相応しいようなおどろおどろしい建物……何か出そうな雰囲気ただよう遺跡に足がすくんでしまう。
奥は闇に包まれ視覚的な情報は得られない。ただ吹き抜ける空気の音だけが踊っていた。
ゴクリ……分からないからこその不安、周囲に散乱する死体の数々……何者かの食料にされたのか食い荒らされた跡だけが残っている。
『いいか、持てる力を全部使って戦うんだ。出し惜しみなんてしたら一瞬でやられる』
黙ってコクリと頷いた。シリアルな雰囲気にあるが、蜘蛛レオンの姿である僕と3メートル程あるネフィリムが真剣に話す姿を想像したら……笑いがこみ上げてくる。
『作戦はこうだ、お前はアウラの攻撃を持ち前のスピードで逃げ回れ、今のお前にスピードで敵うやつはいないだろう。相手が疲弊したところに俺が空間歪曲で近寄って渾身の力でぶん殴る』
ネフィリムの言葉にアイコンタクトで返すと入口に向かった。
あのネフィリムが手も足も出ないほどの相手、どれだけ相手を疲弊させるかにかかっている。どんな相手がきても逃げて逃げて逃げまくってやる。
建物の中は思ったより明るい。魔法の光が優しく照らしている。人が踏み入ったことがないほどに美しく心が奪われてしまいそうだ。
遠方にうっすら見える人影、容姿までは見えないがかなり小さいのが分かる……って更に小さい僕が言うのも何だけど。
「感覚的には150センチ程度の魔物か……」
と、思った次の瞬間5メートルほど前方に突然現れた。
「ふっふー、よく来たな。最深部への道、決して甘くないのじゃ」
一歩前に出た人形……女の……子?
「この迷宮の平和を守るため、お前を倒しに来たんだ」
あっ……えっ……そんな……。頭上の数値は75、なんだこの数字は……。
僕はレベル46、ネフィリムが48だから足せば勝てるが戦いは数字じゃない。
とりあえず作戦通りスピードで撹乱するしかない! 疲れさせたところでのネフィリムの一撃必殺、確かに一番良い作戦かもしれない。
「そうかそうか、ネフィリムにそう吹き込まれたんじゃな。本当のことを教えてやるから話しを聞くのじゃ」
「ネフィリムが言っていた。お前は死霊法師、人を騙すことに長けているってな」
先ずは相手を挑発、攻撃を誘うようにスピードマックスで懐に飛び込む。
「仕方ないのじゃ、『魔物操作』」
《禁忌魔法スキル『変化』LV.1を獲得しました》
「なんと、我の『魔物操作』が効かんとは、ならばもう一度『魔物操作』じゃ」
《激運が1上がりレベル4となりました》
《禁忌魔法スキル『死体操作』LV.1を獲得しました》
「やるおるのじゃ。2度も我の『魔物操作』を回避するとは。流石激運持ちの蜘蛛レオンなのじゃ」
なんかどんどんスキルが増えてるぞ。こんなに━━「ぐはぁ、体が動かない」
「やっと『魔物操作』がかかったのじゃ。もう終わりじゃ、近くに来て話しを聞くのじゃ」
目に見えない糸で操られているような感覚……体が勝手に動く、死地に自らの足で向かっているようなだ。
「やめろ……離し、離してくれー」
必死に抗うが体が動かない、『瞬歩』『空間歪曲』『糸』……必死に試すが発動しない。何も出来ないまま、死霊法師アウラの前まで来てしまった。
「全く、ネフィルムに洗脳されおってからに。どうせ強くしてもらった恩義をとやらで協力しているのじゃろ」
「ネフィルムは色々と教えてくれた。この迷宮のこと、お前のことをな」
「なら聞くが、『喰らう者』を持つネフィルムは何でお前を育てたと思っておる?」
協力してアウラを倒すため……いや、考えてみれば『喰らう者』を持っているなら自分で食べれば経験値をもらえるはず。
「いやいやいや、ひとりよりふたりで戦った方が有利になるからだ」
「違うな、効率よくレベルを上げるにはよりレベルの高い者の肉を食べるのが一番じゃろ。つまりお前はネフィルムの糧となるべく育てられたのじゃ」
そ、そんなはずは。でも……確かにアウラの言葉に合点がいく。認めたくない、認めたくないけど……。
「……」
「信じる信じないはお前の勝手じゃ、そんな邪道なことをするから堕天使なのじゃ」
堕天使……人族が言っていた。アウラの言い分を信じれば全てが繋がる。ネフィルムと過ごしている中で、おかしいと思った所がすべのピースが埋まるんだ。
「もうひとつ教えてやるのじゃ、ネフィルムはお前みたいな贄を育てるために多くの魔物を必要以上に狩っておる。おかげで迷宮内の食物連鎖がうまく機能しなくてのぉ、生態系が崩れているのじゃ」
「それが本当だとすると……迷宮の平和を乱しているのはネフィルム?」
「そうじゃな、我はそうならないよう『魔物操作』でできるだけネフィルムから魔物を逃がし、息絶えた魔物を『死者操作』であてがっておるのじゃ」
お互いの言い分を聞いて初めて判断の材料となる。ネフィリムが嘘をついているというのであればアウラが嘘をついていても不思議ではない……それなら。
「アウラはここで何をしているんだ?」
「ほう、お主はただの魔物ではないな。キチンとした教育を受けてきておるようじゃのう」
魔物との会話なんてネフィリムとしかしたことないからそういうものだと思ってたよ。
「教えてやろう。我は最深部への道を守っておるのじゃ。長く居を構えておると愛着が沸くでな~。この迷宮の平和を守りたくなったと言うわけじゃな……それでひとつ提案があるのじゃが」
「提案?」
「どうせネフィリムは助けに来ん、我が返り討ちにした魔物は建物の外に放るでな、お主も同じように放ってやろう。ネフィリムの本音が聞けるじゃろうて」
どちらにしても僕がアウラに勝つことは絶対にありえない。それなら一度退避して体制を整えたほうが良い。
「分かっ……た」
「それで良い。死体のフリをしてネフィリムが悲しむのなら戻れば良い、悪態をつくならこちら側に付けば良いのじゃ」
うぐっ、強くまぶたが閉じられぐでっとした体勢に固定された。『魔物操作』……怖いスキルだ。
アウラのひとふりで神殿前までで吹き飛ばされポトリと落ちた。そこにゆっくりとネフィリムが近寄ってくる。すぐさま駆け出したいが体が動かない。
『ふっ、思ったより時間がかかったな。こいつを喰らえばアウラの強さに届くんじゃねぇか。あの邪魔な守護者さえ倒せばこの迷宮は俺のものだ! 誰にも邪魔させん』
そ、そんな……
「ネフィリムよ、そんな邪道なレベル上げをしておればいつかは足元をすくわれるぞ」
「ふん、アウラか。お前を倒すためなら何でもやる。この蜘蛛レオンを喰らうのをどれほど待ちわびたことか……どうせお前は神殿からは出られないんだろ、その場所でバカな蜘蛛レオンが喰われて俺様がお前を越える姿を見ておけ」
「と、いうことなのじゃ」
か、体が動く……「ネフィルム……そういうことだったのか。ずっと僕を騙していたんだね……」