第46話 水の奇跡
ノブナガの作ったアイドルユニット、ゼヒニオヨバスのメンバーであるナユタが13人居る悪魔族のひとりだということが分かった。
「どちらにしてもナユタは今のところこちらに干渉する気はないようです。今は出来ることを進めましょう」
「分かった。それじゃあベルダンディ、頼んで良いかな」
「はい♪ レムを迷宮北の入り口に飛ばします。そこはラタバジア帝国領ですよ、ちょっと女神様、ラタバジア帝国は危ないですって……セレンさん、今のレムはその位の覚悟があるんです。困ったことがあったらシルフィードに声を掛けて下さい」
不思議な感じだな。ひとりの体にふたりが入ってるって……「大丈夫、頑張ってくるよ。ダメだったら逃げてやり直せばいいだけだからね」
僕は笑顔を向けた。セレンの言葉を聞いて不安そうにしている面々に手を振って別れた。周囲に広がる光、薄くなる景色、気づいたら大きく広がる湖の畔に立っていた。
海のように広い湖、しかも水の透明度が高すぎる。群れを作って泳いでいる魚、ゆらめく植物。初めての景色に胸が高鳴った。
「おねーちゃんここで何してるんだ」
肩に物干しの竿のような棒の両端に桶を吊り下げている男。時代劇で見たことのある油売りのような道具を持っている。
「世界を見て回ろうと思って……僕の力を試したいんです」
「旅の者かい、もし良ければ近くにサブリンカの街があるでそこで買い物でもしていってくれんか」
この男の名はメッカル、スワン湖で水汲みをして生計を立てているらしい。サブリンカという町は帝国首都から落ちぶれた者たちが集まって作った街で、滅多に人が訪ねてくることはないと教えてくれた。
紹介された町はそれなりに経済が発展しており、田舎でもなく都会でもなく……余生を過ごすには良さそうな町である。
「キャー!」
「誰か回復士を……治療師でも良いから連れてきて!」
なんだ一体。酒場? 中を覗き込んでみると人だかりができていた。中央には切り傷やら刺し傷やら大量の血を流した女性が倒れている。
「どうしたんですか?」
「あんた回復士かい、助けてくれ、あいつが死んじまうよ!」
状態を見ると既に虫の息、回復魔法をかけるふりをして『死者蘇生』をかけた。
ダメか、ほとんど回復しない……怪我をしてから結構経ってるようだな。
それなら、バックに手を突っ込んで異空間収納経由でポーションの瓶を取り出す、さりげなく『朝露の恵』で高品質な薬草を調合して注入した。
「これを……」
傷に振りかけ治療をしていく。空になっては新しい物を取り出すような仕草で騙しながら、ポーションを作り出しては振りかけていく。 (ビンヲ イッポンシカ モッテイナノヨ)
よし、ある程度の傷は治った……しかし彼女が目を覚ます様子はない。外傷は完治しているはずなので、メンタルがやられてしまっているのかもしれない。ものは試しだ!
改めて回復魔法をかけるふりをして『或るべき姿』をかけた……頼む、上手くいってくれ。
「ん、ん……、ここは……キャー、もう止めて……止めてお願い」
僕の能力じゃここまでか……なんとか自我を保てるまでは回復できた。とりあえずは正常な精神状態に戻すようイメージしてみたけど難しいな。
結局のところこの現代神のスキルはイメージ力、石でも木でもなんでも変形させることが出来るが頭のイメージ通りに出来上がる。 (エ ノ サイノウモナイシナ)
「良かった……良かったよレイオン。本当に良かった……」
「お、お爺ちゃん、あれ? 体がなんともない、一体」
「そこのお嬢さんが助けてくれたんだよ」
お爺ちゃん? さっき水を汲んでた人じゃないか。どうやら騒ぎを聞きつけて飛んできたようだ。
「一体、何があったの? すっごい怪我をしていたようだけど」
取り囲む人々が一斉に肩を落とした。
「あのなー嬢ちゃん、この町の北に洞窟があってな、冒険者共にとって金になる場所なんだよ。この町を休憩所にするんだが悪いやつも多くてな」
「そうなのよー、ガラの悪い冒険者が多くてねぇ、『金を落としてやってるんだ神様だと思って接しやがれ』なんて言って気に入らないと暴力を振るうんだよ」
「あのー、素朴の疑問なんですがそれを取り締まる人はいないんですか?」
これだけ人が住んでいるなら治安を守る人がいるべきだ。でもこんな状態でも駆け付けないってことは……そういうことなんだろう。
「いねぇよ、いや……居たって方が正しいな。『イチバネ・クロム』名前くらいは聞いたことあんだろ」
うーん、どこかで聞いたことが……「あー、思い出した。インフェルザンで魔王を倒したという勇者のひとりがそんな名前だった」
「ああ、そんな彼がこの町に来てくれて一気に治安が良くなったんだよ。しかしな、同じ勇者のユマ・エリンがインフェルザン王になったと聞いて会いに行ったんだとよ。お遊びで仕合したらボロボロに負けたんだってよ。それからだ、あんな風になったのは」
「あの……名前を聞いてもいいですか? 私、レイオンって言います。お礼も兼ねて今日は家に泊まっていってください。お爺ちゃんも喜ぶと思います」
◇ ◇ ◇
彼女の家は町の一番南、遠くにダルメルカを取り囲む高い山々が見える。セレン王女はベルダンディとともにサムゲン大森林へと渡り、ダルメルカ王と側近の関係が悪い状況。問題は山積みだろうが僕の出る幕はない。
それにしても寂しい……今までは話しかければ女神が相手をしてくれたけど誰もいない。満天の星空の下、遠くにあるスワン湖の水面が僅かに光った。
「となりいいですか?」
「レイオン……、どうぞ」
レイオンは夜空を眺める僕の隣に座った。
「実は私には姉がいたんです。器量も良くとても可愛らしい……憧れの姉でした。しかししばらく前に私と同じように暴力を振るわれて……ウグッ、ヒックヒック」
「そっか……、お姉さんも助けられたら良かったんだけど」
「レムさんのように優しい人ばかりだったら良いのに……あの時の冒険者たちは傷だらけの姉さんを湖に捨てたんです。それを水難事故ということにしてしまいました」
「そんなことが……」
「でも私、信じてるんです。あの湖にの伝説に……湖で死んだ人が生き返るという伝説に」
強く地面を握りしめるレイオン、指の隙間から土があふれでるほどに力強く握られていた。
湖の方から流れてくる風、その音は女性が嘆き悲しむようにさえ聞こえる。湖に視線を移すと青くポワッと光る場所があった。
「姉さん……。呼んでる、私を呼んでるわ」
レイオンは立ち上がると一目散に湖に向かって走り出した。なんかテレビで見た心霊特集が目の前で繰り広げられているよう。姉に呼ばれて湖に引きずられる的な……。
いやいや、そんなこと言っている場合じゃない、追いかけないと。
湖際をキョロキョロと見回すレイオン、水中から伸びている青い光、水泡がブクブクと上がってきた。
バッチャーン━━ 水面になにかが勢い良く飛び出してきた。
水まんじゅうのようなプルプルとした体、星空を反射するような美しい曲線、日本人なら10人中9人はこう答えるだろう「スライム」……と。
「魔物か!」
咄嗟にレイオンを後ろに下げて前に出る。
「やー、君がレムちゃんだねぇ。やっと見つけたよ、あっ、君はちょっと寝ててね」
スライムがペイっと吐いた水がレイオンを濡らすとその場に倒れ寝息を立てた。
「一体何者だ……敵ではなさそうだけど」
「ぷにはシルフィーちゃんと仲良しのウェンディーネちゃんだよ。ほら、私ってこの湖が実体だから人と会うときはこの姿って訳、可愛いでしょ」
「シルフィーってシルフィードのことか……じゃあもしかして、君は水の精霊?」
「あったりー、私もサムゲン大森林の街作りを手伝ってあげようと思ってね、スキルを渡しに来たんだよ」
《精霊王よりスワン湖の管理者に任命されたことにより『タイダルウェーブ』を獲得しました》




