第3話 巨大なネフィリム
目の前にいる大男、頭上の数字は46。数値だけで見ると倍以上の差がある。今まで感じたことのない本能からくる恐怖。夜道で怖いお兄さんにぶつかってしまったようだ。
『もう一度聞く、お前は何故に俺の縄張りに入った』
太い声、震える心臓が恐怖を感じさせる。そんな怖い眼光を向けないでくれー、わちゃわちゃしながら言い訳を考えてしまう。いや、別に何かをやってやろうと言うわけでない。素直に答えるのが一番。
「い……いや……ごめんなさい」、男は僕の言葉に眉をピクリと動かしたが、そんなことをいちいち気にしている余裕はない。話を続けるだけ「この洞窟から脱出しようとしてこの場所に迷いこんでしまったんです」
男は腕組みをして考えている……これって僕の処遇を迷ってるのか、下手なことを言うと殺されてしまうんじゃないかー。
『ちなみに君のレベルは?』
「えっと……21です」
『君は喰らう者というスキルを持ってるかね?』
「はい……それのおかげでレベルをあげられました」
『そうかそうか、俺は喰らう者もちをずっと探していてな。君のレベル上げを手伝ってあげよう』
「それって……いったいどういうことですか」
『なぁに、この迷宮に住む悪魔退治を手伝って欲しいんだよ。あいつを倒せばこの迷宮で無駄な殺生は無くなる』
無駄な殺生? どこにでも生活を脅かす支配者的な者っているんだなぁ。そんな支配者討伐に協力出来るなんて僕って凄くね? 選ばれたみたいな。
「分かりました。協力させていただきます」
『そんな畏まるな、普通でいい。これだけは言っておく。君は無闇に自分のステータスを晒すな。この世界では本人の同意無しに鑑定されない仕組みなんだ』
「そ、そうなんですか?」
『知らないからこそ戦いが起きないということもある。例え俺であっても教えるべきでない。それと教えてくる者を信用する必要もない』
なんじゃそれー、先に聞いたのはそういうことなのか。なんか騙された気分だけど仕方がない。きっとそうやって身を守ってきたんだな。
……じゃあ、頭上に数字が見えるってのはとりあえずは黙っておこう。
男の名前はネフィルム、天使と人の混血でハーフエンジェルとのこと。レベルは46だと教えてくれたのでどうやら嘘はついていないようだ。
『よし、この食料庫にある物を食っていけ。食べ物の確保は俺がする、喰ってればそのうち『大食漢』のスキルが得られるだろうぜ』
そうか……ネフィリムは僕が『大食漢』のスキルを取得したことを知らないんだ。そりゃー言ってないしな。とりあえずネフィリムの教えを守って言わないようにしよう。
《レベルが2上がりレベル23となりました》
食べる度に面白いようにレベルが上がっていく。
《レベルが2上がりレベル25となりました》
ただネフィリムが獲ってきた獲物を喰っては寝るだけ。余計な訓練はせずに先ずはレベルを上げることに集中しろと言われている。
『種族の中で俺らみたいに自己認識できる者はな、より進化出来る可能性が高いんだよ』
「進化ですか?」
『あぁ、この世界には化け物みたく強い奴もいる。ただ単純に強いだけのやつは進化しても本能でだけしか戦えないからな。戦略を立てられるやつが有利なんだよ』
ネフィリムは肉をかじり、ニヤリとしている。いつだったか、「ずっとひとりだったからつい喋り過ぎちまう」とか言っていた。
「確かにそうかもしれません。強さに知力が加われば最強、それに何やらスキルなんかもありそうですし」
『そうだな。この世界には確率で獲得するスキルやスキルポイントを消費して獲得するものもある。種族や特定の条件で揃って獲得するスキルもあるんだよ。その中でも『喰らう者』は別格だ」
そういえば……「『同族喰』『血縁喰』『初喰らい』の称号がどうとか言ってたような」
『ああ、その3つを同時に成さねばならん。つまり人生に1度きりしかチャンスが無いわけだな。俺は成し得なかったが、共食いせざるを得ない環境の者ほど取得しやすいわけだ』
そうか。そんなレアスキルだったとは。そう考えると捨ててくれた親蜘蛛に感謝だ。
「それで僕にレベルを上げさせて、迷宮の悪魔を退治しようって訳ですか」
『そういうことだ。『喰らう者』がない俺は戦うしか無い。だからお前はドンドン食えよ』
ネフィリムが魔物に肉を喰らう。いつもどおりの食事の風景……。彼の頭上の数字は46、なかなかレベルが上がらないようである。って、頭上の数値が47へと変わった。
今、ネフィリムのレベルが上った……? やっていることは食事だけ。もしかしてネフィリムも『喰らう者』持ち? そうだとすればなぜそれを隠すのだろう。イヤイヤイヤ、もしかしたら僕の知らない未知のスキルかもしれない。
……自分の手の内を晒すなという彼の言葉が思い返される。きっと彼は彼なりに何かを考えているのだろう。
『よし、明日はお前に人間というものを見せてやろう。上層で調査をしているらしくってな』
なんだか嬉しい。この姿になってどれほどの月日が経ったかは分からないが、この姿で日常生活を過ごし、糸を普通に使えるほどにはなっている。それでも人間という存在は特別……どんな人たちなのか楽しみだ。
◯。 ◯。 ◯。
「ふぅー。これで落ち着ける」
僕が通う高校の臨海学校は昔からとある小さな島と決まっている。そこでキャンプを通じて自然を学び、電化製品を使わない食事作りや生きる術を学ぶのである。
殆どの生徒は甲板に出て海を眺めている。特にクラスカースト上位の陽キャたちはワイワイやっているのだろう。こんな時は人が少い客席にいるのが一番。周りと逆の行動パターンを取ればそうそう絡まれることはない。
船に揺られること数時間、静かな波に身を任せ温かくも柔らかなクッションに眠気がこみ上げてくる。趣味のひとつであるキャンプの本を読みながら……うつら……うつら……
バタバタバタッ──激しい足音を立てて船内にある椅子席にクラスメイトが駆けてきた。先生を見つけるなり大声をあげる。
「蒔田先生ー、空に変な模様が浮かんでます!」
「男子たちは魔法陣がどうとか叫んでるんです」
魔法陣?、ちらりと窓越しに空を見上げると巨大な魔法陣の断片が見えた。美しく光り輝くピンク色、思わずポケットからスマートフォンを取り出してカメラを向けるが、ファインダー越しには何も見えない。
目を覆うばかりの光が世界を駆け巡る。次の瞬間……世界が終わるような雷を見た。
◯。 ◯。 ◯。
「うわぁー」
凄い寝汗だ。嫌なことを思い出してしまった……きっとこの時に人間としての僕は死んだのだろう。
『ハッハッハ、悪い夢でも見たか? 案ずることは無い。今は俺もついてるしな』
サムズ・アップする大きな手に不安が消えていく。
ふぅー、やっぱり夢の続きをみたか。そうだとすると次は転生したキッカケ、あのみんなの冷たい顔しか覚えてないや。
『それじゃあ、そろそろ行くぞ。人間がいるのは上層だからな、とっておきの時空魔法を見せてやろう』
「時空魔法?」
『ああ、時空を司る魔法スキルだ。異空間魔法と呼ぶやつもいるがな』
ネフィリムが僕の頭に手を乗せると、目の前に不思議な空間へと繋がる入り口が現れた。