第2話 なんでいきなりベルゼブブ
クンクン…… あれ? 思ったより臭くない。ふとおばあちゃんちで食べたイナゴを思い出した。
でもこのビジュアルがなんとも……共食いした形跡やら餓死したような死体……朽ち果てた姿が気持ち悪すぎる。ただ喉から手がでるほどに腹が欲している。蜘蛛レオンの本能だろう。
「やっぱり食べるしかないよなぁ……」
腹でも壊して死んだら僕の命はここまでか。蜘蛛レオン享年半日。 (チーン)
「|ええい儘よ」
パクーッ……パリッ、グニュグニュゴリッ、モグモグ、ゴックン。口いっぱいに広がる苦み、卵の殻でも噛んでいるような食感、時折感じるグチャっとした違和感。どれを取ってもおいしさの欠片もない。
《称号、『初喰らい』を獲得しました》
《称号、『同族喰らい』を獲得しました》
《称号、『血縁喰らい』を獲得しました》
《称号スキル条件が達成されましたので、称号スキル『喰らう者』を獲得しました》
何だ何だ……喰らう者? えっと、『食事をするとその者の持つ経験値の (レベル×10)%を得ることが出来る』だって? それじゃあ、食べれば食べるほどレベルが上がるってことか!?
「なんか希望が見えてきたぞ。食べまくってレベルを上げれば脱出が可能かも!?」
《血縁長により、同族及び血縁が解除されました》
勘当されたってことかぁ。まー、別に困ることはないし、とりあえず食べまくってレベルを上げるのが先決だ。
にしても、この蜘蛛レオン。一度食べたらあんまり気にならなくなった。なんというか珍味でも食べているような……気持ち悪いは悪いけど。
そう、言うなれば嫌じゃないけどなんとなく食べたくない、それを無理やり口に入れる感覚だ。
僕の持つ人としての価値観と本体である蜘蛛レオンの本能的価値観がミックスしているのだろう。
《レベルが1上がりレベル3になりました》
あれ? また上がったよ! もしかして今食べた蜘蛛レオンは高レベル? よーし、どんどん食べまくるぞー!!
「と、言いたいところだけどお腹いっぱいだよ。ある程度食べないと身にならないし。とりあえず寝よ」
ふぅ、ある程度のレベルになるまで頑張るしかないなぁ……明日からは戦いになった時にどう逃げるかぉ練習しないと……。
どんなアニメや漫画でも実践経験ってとても大事だ。動きを体に覚えさせないとなぁ……悠人の記憶に感謝だ……ZZZ
◯。◯。◯。
「これから修学旅行のグループ分けをします。旅行中はグループ行動になるので、先生がバランスを考えてグループを作りますね」
担任である蒔田 なごみ先生、生徒想いのいい先生だ。女子のほとんどに身長を抜かれているが、そんなことを感じさせないほど存在感が大きい。
「せんせー、高校生にもなってそういうの止めて下さいよ。学校の旅行ってすっごい思い出になるんだからー」
声を上げたのはクラスカースト女子1位の東美咲だ。
「でもねぇー」
「大丈夫ですよ先生、俺はクラスを中からずっと見てきたんだ。交遊関係なんかも全部抑えてる」
クラスカースト男子1位の一条 裕司。要所要所で親の権力を使っては思い通りにことを進めようとするお金で人気を買うタイプだ。
「先生、それじゃあ多数決にしましょう。先生が作ったグループと俺が作ったグループ、みんなに決めてもらいましょう」
「一條くん、先生はみんなに新しい交遊をもってほしいと思ってるの」
東美咲は手を挙げて立ち上がると口を開いた。
「せんせーの言うことも分かるよ。気心の知れた友達と一緒の方がしっかりと学べると思うんです。みんなの考えを含めたグループ分けをした方が、臨海学校に臨む姿勢も違ってくるんじゃないですか」
結果、クラスメイトの大半が一条の提案したグループ分けに票を入れた。
「陰キャくーん、君たちのために余り物同士のグループを作ってあげたからねー、俺たちカースト上位生と一緒じゃあ楽しめないでしょ。あー俺って優しいなぁ」
まぁお約束である。こっちもかえって気を使わなくて助かるってもんだ……
◯。◯。◯。
くっ、嫌な夢を見たぜ。なんだってこんな夢を見たんだ。ファンタジー系作品で言うフラグってやつか! 僕がこの世界に転生するまでの出来事が続きそうな気がしてならない。
よし! そんなことよりここを抜け出すためにも食べて食べて食べまくるぞー
………
「プッハー、やっぱり一匹食べるのが精一杯だぁ。どうやったら大食い女王みたいになれるってんだ」
《確率により身体スキル『大食漢』を獲得しました》
《身体スキル『大食漢』、種族スキル『悪食』との併用により大罪スキル『暴食』を獲得しました》
《大罪スキル『暴食』と称号スキル『喰らう者』が統合されユニークスキル『ベルゼブブ』を獲得しました。それにより下位スキルのレベルはMAXに引き上げられます》
なんだなんだなんだ、いきなりスキルをいっぱいとったぞ。しかもユニークスキルって一体……あっと、『大食漢』がレベルに応じて胃袋を大きく出来る……で、『悪食』が種族にとって害悪であるものも食べる事が出来る。『暴食』は、食事をエネルギーに変換し回復効果を得ることが出来るか。
「って、なんかいきなりヤバいスキルが来たな。それで『ベルゼブブ』……ユニークスキルって聞こえたけど」
……『喰らう者』と『暴食』の統合、『大食漢』や『悪食』も兼ね全てのレベルをマックスにする。
「これって凄くね? 食べ物さえ持ってれば回復し放題ってことじゃないか……って、まてよ。僕のレベルは3、一撃死がありえるんじゃないかぁ。やっぱりコツコツレベル上げをして体力を増やさないと。
どうも洞窟の中だと時間という概念が抜けてしまう。昼なのか夜なのかも分からない。食べて寝てスキルを磨いて……たまに落ちてくる蜘蛛レオンを撃破していった。
そして、
《レベルが1上がりレベル21となりました。スキル『糸』がレベル4になりました》
この地にあった亡骸は全て平らげ洞窟の脱出計画を遂行する。『同化』スキルのおかげで簡単に奥まで来ることが出来た。
「まったくあの親蜘蛛はひどいよなぁ、『同化』さえあれば簡単に脱出できたのに……って、そうか逃さないために奪ったのか!」
天井から糸をぶらさげブラブラしながら考えていた。どうやって脱出しようかと……。
巣に戻ることは出来るけど、親蜘蛛の頭にあった数字は52と45。僕のレベルが21だということを考えれば到底及ばない。こういうのは大抵強いスキルを持っている方が有利だというのはお約束だが、今、把握しているスキルは『糸』と『ベルゼブブ』だけ。
「やっぱり下かなぁ」
糸を使って周囲の魔物を避けながら上を目指すのが安全かぁ……何よりも僕には魔物にはない知能がある。それに巣を張ったり糸を飛ばしたりスキルを学び、脳内シミュレーションだって随分とやった。
蜘蛛糸を垂らしてゆっくりと下へ下へ……下へ下へ……随分と長いな。もう何フロア分位下りたのだろう。
━━ブチッ
「しまったぁぁ、伸ばしすぎたかぁー。落ちるー」
《『糸』のスキルレベルが上がりスキルレベルが5になりました》
「そんなの後で良いからァァァ」
一生懸命に糸を出して壁に張り付こうとするが、緊急事態のせいか狙いが定まらずに上手く貼り付かない。
パシィィ。上手く貼り付いたぁ。地面スレスレ、本当に危なかったぁ。ふぅー、大きく溜息をついて体中の力を抜いた。
『俺の縄張りに入ってくるとは随分と勇気があるやつだなぁ』
目の前にいるのはひとがたの男、ムッキムキの体つきで目測3メートル程の男がこちらを睨んでいた。