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後編

「ふももちゃん! 久しぶりだね!」


 ふももちゃん。釣り竿を持ってアニメが好きな仲間を集める旅をしている不思議な14歳。ネズミさんを連れていますが、追い追いほかの動物さんも仲間に加えたいのだとか。


 アニメと絵、それに寝るのが好きなふももちゃんは、いつもカバンの中に枕を忍ばせています。頭にはカチューシャのようにアイマスクを装着、首もとには首まくら、服装はもっふりしたピンクのパジャマ。


 ほんとうに、寝るの大好きなんだなぁ……。


 ほかに、文房具、タップ、ストップウォッチを持ち歩いています。やっぱりアニメと絵も好きなんだね。


 カバンの中にはウクレレも入っていて、弾き語りもできるんですよ。


 あと、これは秘密なのですが、実はふももちゃん、な、なんと、『もふもふ王国』のプリンセスなのです! いっしょにもふもふ王国に住んでくれる人を探しているみたい。私も住みたいけど、湯涌の神だからなぁ……。


 いっそ神の仕事放り投げちゃう? もふもふしちゃう? しちゃおうかなぁ、したいなぁ……。


 それをやると、上位の神様からガミガミ(神だけに……)怒られて神の座を剥奪、人間として生を受け、波乱万丈修行まみれの人生を歩まなきゃいけなくなるから、ガマンガマン。


 もう人間にはなりたくない。あんなにつらい思いはしたくない。徳を積んで高尚な人間になるほどドギツイ試練が降りかかるなんてどんな理不尽だよあああ病み闇病み闇まぢ病み人生まぢ闇……。


 でも、たまに遊びに行くくらいなら、いいよね?


「久しぶりだね。神様、もうそろそろ出雲に帰るころだから、遊びに来たよ。ところで、さっきからすんごく闇深そうなオーラが出てるけど、どうかしたの?」


 いけないいけない、神としたこどが、負のオーラを醸し出していたか。


「ううん、なんでもないよ」


「そう? 困ったことがあったらいつでも言ってね。お話聞くくらいならできるから」


「うん、ありがとう」


 私は満面の笑みをつくってみせた。


「わあ、今年ものぞみ札、いーっぱい集まったね」


 絵馬掛所えまかけどころにたくさんののぞみ札が掛けられているのを見たふももちゃんの表情が、ぱあっと華やいだ。


「うん! 温泉に入るだけじゃなくて、わざわざ神社まで来てくれて、のぞみ札をかけてくれるなんて、すごくうれしい! それにね!」


「それにね?」


「私、参拝に来てくれた人のお祈りを祠の中で聞くんだけど、湯涌の人は温かくて、この温泉街が自分の居場所になってるって言ってくれる人がけっこういるの」


「へーえ、それはうれしいね!」


「うん! 湯涌は温泉街だけど、温泉に入ってゆっくりするだけじゃなくて、地元の人に会いに来るのも一つの目的みたい。そのとき感じた温かい気持ちとか、湯涌の居心地がSNSとかを通じてネットの海を駆け巡る。情報をキャッチした人が新たに来てくれて、また自分の居場所として心を寄せてくれる。そんな連鎖がけっこうあるみたい」


「温泉地が自分の居場所にかぁ、いいね。私はアニメが好きだから、アニメが好きな人を集めて、アニメについて語り合ったり、アニメじゃないことでも何かをみんなでやってみる、そうやって居場所をつくっていけたらなぁって思ってるんだけど、それと似てるかも」


「いいね、それ。私もアニメ大好き。特にご当地アニメ! アニメを見た人が舞台になった土地を訪れて、地元の人たちとの交流が生まれて、そこが居場所になっていく。私も人間だったころは自分の居場所を見つけられなくて、長い間寂しい思いをしたことがあったけど、アニメはそういう人たちを救ってくれるんじゃないかなって思うの。私が人間だったころにもアニメがあったら良かったなぁ」


「うんうん、そうだね。いまの時代はインターネット上でアニメについて語ったり、オフ会っていって、同じアニメが好きな人同士で集まって仲間になることもあるんだよ」


「それ知ってる! 湯涌の旅館にも同じアニメが好きな人同士で集まった団体さんがときどき泊まりに来るよ」


「そうなんだ、お泊まり会もするんだ。アニメが湯涌のお役にも立てて良かった」


「すごいね、アニメの力って。湯涌もみんなの居場所になれるように、まだまだぼんぼるよ!」



 ◇◇◇



 ふももちゃんとおしゃべりした十日後、いよいよぼんぼり祭の日がやってきました。普段は静かな温泉街も、この日ばかりは大賑わい。旅館や飲食店、お土産屋さんの皆さんも、いつもより忙しそうです。


 玉泉湖のほとりではお焚き上げの準備が進められ、やぐらの中に一年分ののぞみ札が積み上げられています。


 しばらくお留守にする湯涌の街を見回りながら、私も来てくださった皆さんとお祭りの雰囲気を楽しみます。お店でオムライスを食べたり、ラーメンを食べたり、柚子きんつばを食べたり。


 朝からわいわいがやがやしていた温泉街の日が暮れて、虫たちが鳴き出すころ、いよいよお焚き上げの時間が近づいてきました。


 お客様がたくさんいらしているので、玉泉湖のほとりは安全のため関係者以外立ち入り禁止。ごめんなさい! そばで見られない代わりに、総湯の前でお焚き上げのライブビューイングをやっています。


 さて、いよいよ本番です。ライブビューイングを見ているお客さまの背を横目に、私とおきつねさんは玉泉湖へ向かいます。


「ぼんぼりや~、ぼんぼ~り~や~」


 唄に合わせて、私に扮して赤い着物を纏った女の子が、宮司さんとともに、ゆっくり、ゆーっくり、のぞみ札を積み上げた湖のほとりへ。みんなには見えないと思うけれど、私とおきつねさんも女の子のすぐ横で、その様子を見守っています。


 女の子の代わりに宮司さんが松明の火をのぞみ札に焚べると___。


「おおおおおお!!」


 ぼわっと火が上がるとお客様たちが一斉に歓声を上げ、拍手が沸き起こりました。みんなの声は玉泉湖まで届いていますよ。


 パチパチと音をたてて、神の国への旅を始めたのぞみたち。


 立ち上る炎は、のぞみを次々と天へ昇華させ、夜空を、私の帰る道をだいだいに照らす。私とおきつねさんは、それに吸い上げられるように、ふわあ、ふわあと、空へ舞い上がる。


 だんだんと小さくなってゆく、大好きな湯涌の街と、みんなの姿。あ、ふももちゃんが手を振ってくれてる。彼女は私のこと、見えるんだ。私もほんわか笑んで、ひらひらと手を振り返した。


 橙の道はやがて金色の橋と化して、煌めきを帯び出雲へと伸びてゆく。


 神の責務からも俗世の穢れからも解かれた私は、何者でもない個へと還る。もちろん、これまでの間に得たものはみな、胸の奥にしまって。


 みんな、今年もありがとう。


 また会える日をうーんと楽しみに、ちょっとだけリフレッシュしてきます。


 これからも末永く、湯涌をよろしくね。

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