フライドダイナソー
正しさ、と言うのは極めて曖昧なものだ。
永遠に正しい物なんて殆どなくて、絶対的な真理なんて早々ない。大抵の物事は、人間が勝手に決めたか、そうであって欲しいと思い込んでいるだけに過ぎないだろう。
沢山いるからリョコウバトは殺しても問題ないし、未開の野蛮人は劣っているから奴隷としてしか使い道がないし、女性は愚かだから学問に相応しくない、どれも当時はそれが当然で、疑う事すら許されないような真理であった。
だが、リョコウバトは絶滅したし、奴隷制度は悪となり廃絶され、賢い人類なんて未だに何処にも存在してはいないではないか。
だから、私は物事をなるべく判断したくない。声高に『これは真理です!』と言って、一〇〇年後に間違いだとわかったら恥ずかしいからだ。同じように『これは悪です!』と断言もしない。善悪なんてものは主観的な物で、多くの場合はその場その場の多数決の結果に過ぎない。
だが、そんな私にも許せないものは存在する。
いや。そんな私にもわかる悪がこの世には存在すると言った方が良い。
それは、ティラノサウルスに羽毛を生やすことである。
恐竜の代名詞と言っても良いティラノサウルスに、あんな羽毛を生やすなんて言語道断。許されざる大罪だろう。一体、何処の誰が言い出したのか知らないが、今すぐに辞めて欲しい。ティラノサウルスに訴えられろ。
「うーん。最新の恐竜学的には大人には生えていなかった説が強いらしいけどな」
私の思い付きの怒りに、自由ヶ丘利人は当たり前のように相槌を打って話を広げてくれた。相変わらず、利人は何でも知っているな。私は感心すると同時に、ちょっとだけ鬱陶しいなと思う。
「まあ、ティラノサウルスが属する獣脚類は鳥類の祖先ってのは確実だからな。何処かの時点で羽毛を獲得していても不思議はない」
獣脚類? 獣の足をした恐竜ってことなのかな? でも、恐竜の足が全然獣っぽくないような。
当然、鳥の肢とも似付かない。
って言うか、獣脚類の恐竜が鳥類に進化って字面的にわかりにくくない?
「その辺の命名って言うか翻訳のセンスは俺に言われても困る」
それもそうか。
しかし、ティラノサウルスが鳥になったって、まずそれが信じられないんだよなぁ。
あんな大きいのが、プテラノドンみたいに飛んで、それで鳥になったんでしょ? 進化ってそんな滅茶苦茶なの?
「進化は確かに滅茶苦茶だけど、ティラノサウルスはプテラノドンにならない。そしてプテラノドンも鳥にはならないぞ?」
え? プテラノドンみたいな、空飛ぶ恐竜が鳥に進化したんじゃあないの?
「って言うか、勘違いしているようだが、プテラノドンはそもそも恐竜じゃあない」
は?
いやいや。
恐竜図鑑買ったら、一〇〇%載っているでしょ。プテラノドンって。
陸にはティラノサウルスみたいな二本足の恐竜や、四本足のどっしりした奴とか背の高い奴がいて、背景には煙を上げる火山があってその空をプテラノドンが飛んでいる絵が図鑑には絶対に描かれているだろう。
ついでに、海のページには鱗の生えた魚とかそれを食べる首の長い恐竜がいて、とにかくすべてが大きいイメージがある。
「同じ時代を生きていたからついでに載っているんだろうけど、プテラノドンは翼竜に分類される。竜って付くが、恐竜とは別のカテゴリーだ。他にも、プレシオサウルスみたいな首が長い海の生物も恐竜じゃあなくて、首長竜って言う種類に当たる。ぶっちゃけて言うと、海の恐竜って紹介されているページで紹介されている連中は殆どが恐竜じゃあない」
じゃあタイトル詐欺じゃん! 太古の生物図鑑じゃん!
って言うかさ、じゃあ逆に恐竜って何? どこを見て私は恐竜か否かを判断すれば良いの? プテラノドンが恐竜じゃあないなら、もう私には恐竜が何かわからないよ。
小さな頃からの常識が崩れ去ってしまった今、私は恐竜だと言う自身の判断を信じることが出来なくなりそうだ。
「足の付き方だな」
足?
さっきも獣の足とか言っていたし、足フェチなの?
「ワニっているだろ?」
うん。アレも恐竜にかなり近いよね?
「ああ。恐竜もプテラノドンもワニも鳥類も『真竜類』と呼ばれる括りだ」
なるほど。その言い方だと、ワニは恐竜じゃないわけね。
「その中でも、足が身体に対して真下に付いているのが恐竜だ。図鑑のワニと恐竜を想像してくれ。足の付き方が違うだろ?」
…………。
言われてみれば、恐竜は胴体の下に足があるイメージがある。二本足でも、四本足でも、それこそ鳥みたいに地面に対して垂直だ。
逆に大きなワニとかは足が胴体の横から突き出していて、お腹や尻尾を引き摺って歩くイメージだ。プテラノドンがどう歩くかは知らないけど、プレシオサウルスのヒレも身体の横についていた気がする。
そして、鳥の足も身体の下から生えている。
つまり、恐竜って言うのは、哺乳類みたいに直立可能な爬虫類ってことね。
「その通り。そう言った特徴を持つ『鳥盤類』と『龍盤類』この二つのグループを『恐竜』って言うんだ」
へー。知らなかったな。でも、わかった! その『鳥盤類』が鳥の祖先なわけでしょ?
「いや? 鳥盤類は鳥類とはまるで関係ない」
なんでだよ! じゃあ鳥って入れないで!
さっきの獣脚類もそうだけど、ややこしい! ややこしくない?
「もっとややこしい事を言うと『始祖鳥』は直接鳥の祖先じゃあないらしい」
なんなんだよ! じゃあ何が始祖なの!?
「まず、『鳥盤類』だが。こっちはトリケラトプスとか、ステゴサウルス、あとはアンキロサウルスとかが含まれる。草食の連中が多いとされている」
鳥要素一ミリもないじゃん。って言うか、二本足ですらないし!
「イグアノドンやハドロサウルスみたいな鳥脚類は二本足だぞ」
また鳥が入っているし…………。
そう言えば、イグアノドンもティラノサウルスと一緒で、時代によって姿がコロコロ変わった恐竜だ。古い奴なんか、カンガルーとかゴジラみたいに尻尾が地面にベターってなった直立スタイルだったよね。なんか、めっちゃ親指立てていた記憶がある。
って言うか、どうしてイグアノドンって言う限りなく正解に近いイグアナから名前を取って来たのに、直立二足歩行にさせたんだろ。イグアナに似ていると思ったんなら、素直に横に倒しとけよ。
「鳥に進化していくのは、『龍盤類』の中でもティラノサウルスを代表する『獣脚類』だ。小さいのから大きいのまで、肉を食う奴から、草食系の奴もいたし、でも、恐竜と言えばコレって感じのルックスをした恐竜達だな。そして最近の研究って言うか、発掘の結果から獣脚類の一種に原始的な羽毛を纏っていたことがわかって来ている」
そこだよ! ようやく私の怒りのツボに話が戻ってきた!
なーんでティラノサウルスに羽根を生やしちゃうかな! 許されざるよ!
「何でって、多分鱗が進化したんだろうな。飛ぶためと言うよりも、身体を冷やさないためだったり、あるいは繁殖の際のアピールや、危険だと威嚇するためのディスプレイだったりして使われていたんじゃないか?」
いや。そう言う事じゃないんだけど。
「まあ、ティラノサウルスに羽根が生えている化石はまだ見つかっていないから、嘘と言えば嘘になるのか? あくまで、ティラノサウルスの親戚みたいなやつらに羽根が生えていたってだけだからな」
そうなんだ! じゃあ、やっぱりティラノサウルスは鱗だよね?
「いや。断言できん。鱗の化石も見つかっているけど、それは鳥だって羽根が生えていない部位だからな。今後の発掘の成果によっては羽毛の生えた化石が出て来る可能性だってある。最初に言ったみたいに、子供の頃はあった説も結構有力だし」
要するに、ティラノサウルスの外観も今の所は曖昧と言うことか。
確かに存在していたと言うのに、誰もわからないなんとも不思議な感じだ。
だが、それはそれでロマンがあって良いかもしれない。
いや、私は断然、鱗派だけどさ。
うーん。でもロマンも良いけど、一度でいいから本物の恐竜を見たかったなー。
「いや、話を訊いてたか? 恐竜を見たことない奴なんていないぞ」
え?
「恐竜の中でも獣脚類は大絶滅を免れて、鳥類になったんだよ」
ああ。そう言う話だったっけ?
でも、あれ? ってことは、鳥って恐竜なの?
「俺は最初からそのつもりで話していたんだけどな」
スズメも? カラスも? ニワトリも? フンボルトペンギンも?
「鳥類約一万種はぜーんぶ、恐竜だ。だから、正確に言えば恐竜は絶滅していない」
ええ…………恐竜の概念が壊れる。
「いや。恐竜の概念通りに鳥は恐竜なんだよ」
えぇ……確かに、身体の下から脚が生えているけどさ。鳥が恐竜って無理がない?
私がチキンナゲット食べる時、それはつまり恐竜を食べていたって事でしょ?
「そう言う事だな。ニワトリは恐らく、最も地球上で繁栄している恐竜の一種だ」
恐竜の概念が壊れる。
え? じゃあ、何? 恐竜の話する時は、一々鳥類の事を考慮にいれないといけないわけ? 面倒臭過ぎない?
「恐竜の話をする時、鳥類の存在は確かにややこしくて面倒だな。だから俺達が一般に想像する恐竜は『非鳥類型恐竜』と呼ぶみたいだぞ」
非鳥類型恐竜。逆説的に、鳥は鳥類型恐竜って事か。
なんか、直感的じゃあないって言うか、それはそれでややこしいし面倒な呼び方だ。
って言うか、今回はそんな話ばかりだ。
「そりゃ、最初から順番通りに全て生命の進化がわかっていれば、もっとわかりやすい名前つけただろうな。だけど、実際はそうじゃあないからな。沢山の研究者が何千万年も前に滅んだ生き物の化石を見て喧々諤々の議論をぶつけあって導き出した答えであり、そのチグハグさは歴史の証明であるとも言える」
なるほど。後から見れば間違いだらけだったけど、当時の人達は真剣に考え、それを裏付ける証拠を集め、必死になった結果が、名前の一つ一つには籠められているわけだ。
私とは違う、物事の曖昧が許せない人達の手によって、私は恐竜を知ることが出来ているのか。そう思うと、曖昧なままでいると言うのは酷く怠惰な悪徳だろう。
「正解ってのは、探し求めなければ辿りつけない尊い物だと思わないか?」
別に、何もかも自分の意見を正義にしたいわけじゃあない。
ただ、一つくらいは曖昧のままにしたくない何かがある人生と言うのも楽しそうだ。
本当はノーベル賞授賞式(12/10)に投稿予定でしたが忘れていました。
だから、ベートーベン誕生日(12/16)に投稿予定でしたが忘れていました。
じゃあクリスマスイブでええかと思っていましたが投稿を忘れていました。
これはもうクリスマスしかないなと考えたのですが投稿を忘れていました。
最早、大晦日にしようかと思ったのですが、忘れそうなので今日投稿しました。